Interview
Riku × 松本 龍彦 × 田渕 将吾
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Nakahama Masami,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi
2025.10.09
地域の物語を、観光の力に──茨城『常陸国ロングトレイル』特設サイト誕生の軌跡
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Nakahama Masami,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi
2025.10.09

Profile

Riku
株式会社ニューピース Brand Director / Planner

松本 龍彦
ワヴデザイン株式会社 CEO / Creative Director

田渕 将吾
S5 Studios Art Director / Interaction Designer
本サイトは、茨城県北地域の6市町村にまたがる「常陸国(ひたちのくに)ロングトレイル」のブランディングを目的にした特設サイトだ。Studio Design Award 2024のS5-Style賞を受賞した作品でもある。
一見して、印象的なイラストによる世界観と完成度に目を惹かれるだろう。控えめながらコンテンツを引き立てる印象的な演出。隅々まで作り込まれたデザインとストーリー性の高い導線設計によって、従来の「観光サイト」の枠を軽やかに超えていく。
制作は3社のコラボレーションによって実現した。プロジェクト全体のプランニング・クリエイティブディレクションを株式会社ニューピース、Webデザインをワヴデザイン株式会社、Studioの実装を株式会社アールイーデザインが担当。
今回は、S5-Style賞の選考を行った「S5-Style」キュレーター 田渕氏に加え、プランニングを担当した Riku 氏(ニューピース)、Webサイトのクリエイティブ・ディレクターの松本龍彦 氏(ワウデザイン)による鼎談企画を実施。
クリエイションした側と、それを読み解いた側が交わることで、“答え合わせ”のような刺激的なディスカッションとなった。

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「S5-Style賞」授賞のポイントは
クラフト性とストーリーテリング
──はじめに「S5-Style賞」として『タイムトリップしよう、常陸国ロングトレイルで。』を選出した経緯を教えて下さい。審査はどのような基準で行ったのでしょうか?
田渕:主観に寄りすぎないよう、デザイン・構成・技術などいくつかの評価基準を設定して、48ノミネートサイトすべてをスコアリングしました。そのうえで、得点の上位から個別精査を行い、最終的に決定しています。私はギャラリーサイトを運営する立場として日常的に多くのサイトを俯瞰していることもあり、特に客観性を重視しました。
数年前までは「Studioでもここまで表現できるのか」というツール起点の驚きがありましたが、今はもうその段階ではないと感じました。サイトとしての体験の一貫性や情報設計、クラフトと技術の整合性を純粋に見極める段階に来ていると考えています。

──そうした中で『タイムトリップしよう、常陸国ロングトレイルで。』をご覧になった感想はどんなものでしたか?
田渕:第一印象は「よくある観光サイトじゃないな」というものでした。自然の豊かさはどこにでもあるので、“地域”というテーマは非常に難しいんですよね。そのなかで『常陸国』にしかない魅力と向き合い、構成やビジュアル、コンテンツを掛け合わせて表現している印象でした。
特に秀逸だと感じたのは、地域の歴史や文化とユーザー体験が結びつくようにストーリーテリングが徹底されている点です。
ショート動画や旅行プランといったコンテンツは一般的な観光サイトにもありますが、そこをポップで楽しそうな演出に寄せすぎず『常陸国』らしい佇まいや空気感で見せている。イラストのタッチや映像のトーン、そしてなにより編集軸の切り口から、その土地らしさが表れていました。
僕自身、日頃からクリエイティブにおけるクラフト性とストーリーテリングを大事にしていますが、このサイトではその両輪が高いレベルで噛み合っている。プランニングやアートディレクション、そしてWebデザインから実装まで、それぞれのプロセスにおいてしっかり対話がなされていた結果なんだろうと想像していました。

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『常陸国』という世界観、
『ロングトレイル』というコンテンツ
── 田渕さんからのコメントを聞いて、制作者としていかがでしょうか?
Riku:約2年におよぶプロジェクトの苦労が報われる思いです。さまざまな条件や制約があった上で、イラストなどクラフト面でのクオリティを積み上げていったという背景もあるので、そこまで読み取っていただけて嬉しいです。選択肢が狭まったからこそ、今のサイトに辿り着けたとも思います。
松本:ユーザーは、数秒でサイトの良し悪しを判断します。その一瞬で魅力を知ってもらうために、制作側としては相当の工夫を重ねている。意図まで丁寧に紐解いていただいて、努力がきちんと伝わったと感じました。
── 改めて本プロジェクトの全貌を教えてください。
Riku:このプロジェクトは「茨城県の価値を高め、魅力を広めたい」という茨城県からの依頼からスタートしました。その対象エリアの一つが“県北(けんぽく)”でした。
現地を歩いてみると、誰もが知る観光名所は少ない一方で、昭和の面影や深い緑など、暮らしの中に残る“日本の原風景”の力を強く感じました。昔から山・海・川という自然のめぐみに囲まれて豊かに暮らせる資源こそに価値があると気づかされたんです。
ちょうどその頃、県北をぐるっと巡る全長320km※のロングトレイルが整備されてると聞いて、案として出たのが「時が止まった日本の原風景の中をロングトレイルで歩いて巡る旅」というアイデアです。
──そこからどのように『常陸国』という昔の名称と『ロングトレイル』という現代的な概念の組み合わせに至ったのでしょうか?
Riku:じつは、この一帯はかつて常陸国と呼ばれていて、その名は今もお土産などに残っています。当初は『県北ロングトレイル』という名称でしたが、県外に発信していくにはより土地ならではの固有名詞として強度のある名前が必要だと考え、『常陸国ロングトレイル』への変更を提案しました。
あわせて、常陸国という言葉そのものが地域の物語を語る核になると感じ、『常陸国タイムトリップ』というコンセプトへ発展させました。“常陸国”という世界観と“ロングトレイル”という体験。この二軸を柱に物語を設計しようと考えたんです。
※全長約320kmは最終的な想定距離

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急遽制作することになったWebサイト
──今回のプロジェクトではムービーや現地で配布するマップなども制作されていますよね。Webサイトはどのような経緯で制作が決まったのでしょうか?
Riku:じつは、もともとWebサイトの制作は予定していませんでした。紙のマップに情報とコンセプトをまとめ、映像はSNSで発信しようと。ただ制作を進めていくなかでマップや映像、SNSなどすべてのアセットをまとめる場所が必要だと判断し、Webサイトを作ることにしました。
田渕:Webサイト制作が決まったとはいえ、コンテンツは非常に充実していて、情報設計やUIも細部まで練られていますよね。
Riku:当初は「マップや動画で世界観を表現しつつ、ツアー予約ができれば十分」という想定でした。そこでStudioを選んだのですが、ワヴデザインさんとアールイーデザインさんの工夫によって、表現の幅が広がり、想像以上のサイトになりました。
田渕:映像や紙のマップ、そしてWebサイト。そうなるとプロジェクトメンバーも多そうですね。
Riku:各領域を得意とする制作チームに依頼していたので、関わる人数は多かったです。ただ、ニューピースのアートディレクター・YOPPYさんが作成したイラストをベースにすることで、全体のトンマナを揃えられましたね。
── どんなタイミングにワヴデザインさんに依頼されたのでしょうか?
Riku:Studioでのサイト制作が決まった段階で「Studio Experts」のサイトを見て、ワヴデザインさんに声をかけました。
松本:ご相談をいただいた時点で、コンセプトとビジュアルの方向性が明確に決まっていたので、ワヴデザインとしては「訪問者が直感的に理解できる形にどう落とし込むか」という第三者視点を大事にしていました。
『常陸国ロングトレイル』という言葉そのものは魅力的な一方で「常陸国」と言われても一般的にはすぐに分からないし、「ロングトレイル」も登山に関心のある人でなければ馴染みが薄い。そのハードルをどう越えるかが重要だと考えていました。
Studioを前提にした依頼だったので「効率的に制作を進めながらクオリティを最大化したい」という意図はすぐに理解できました。
その一方で、この世界観をStudioで実装できれば、地域ブランディングの先進事例としての価値と話題性を両立できる、良い取り組みになると考えていました。

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隣の席にいるような関係性が生み出すコラボレーション
── Webサイト制作プロジェクトはどのような形で進めたのでしょうか?
松本:今回は初めて一緒に仕事をするメンバー構成だったので、まず週1の定例で関係性を構築しました。
Riku:最初はこちらでワイヤーフレームを書いて、そのたたきを元に定例メンバーでアイデアを重ねていくスタイルで進めました。コーナータイトルを四文字熟語でみせるというのも松本さんの発案です。
田渕:作り込んでから提案する、といったプロセスではなく、お互いのアイデアをもとにブラッシュアップしていったんですね。途中経過も常に見えていて、隣の席で一緒に考える関係性というか。

松本:そうですね。ワヴデザインは、提案と承認の一方通行で進めることはあまりなくて。週次の定例でコミュニケーションを積み重ねながら、一緒に作っていくスタイルなんです。だから大きな不安は少なかったと思います。
Riku:終始、透明性の高いコミュニケーションだと感じていました。気づいたらFigma上のデザインデータが膨大な量になっていましたよね。
田渕:ニューピースさん、ワヴデザインさんそれぞれがクリエイティブに対する価値観を共有できていたからこそ、ディスカッションしながら進められたのかもしれないですね。
松本:そうですね。今回もチーム内での価値観をすり合わせるまで、どう進めるべきか手探りではありました。ただ3回くらいの打ち合わせを経て、クリエイティブに対する感覚が近いんだと分かってからは一気に進めやすくなりました。
やはりUXやUIの質を高めるには、個人で考えるよりもチームでアイデアを出す方が普遍的で使いやすいものになると感じます。今回は双方の会社で、互いにアイデアを出し合いながら進めていきました。

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抽象的な説明から具体的なアクションへ落とし込む情報設計
── コンテンツやUIなど設計面で考慮したのはどんなところでしょうか?
松本:イラストや動画といった質の高い素材が豊富にありました。ただ、それだけでは十分に価値を伝えきれない。情報のハブとなるWebサイトだからこそ、情報設計を特に重視しました。
僕は基本的に“ユーザーは興味がなければ1秒で離脱する”という前提でUIを考えています。だからこそ、まずは『常陸国ロングトレイル』とは何か、サイト訪問者にどう理解を促すかを議論しました。
結果的には、TOPのイラストで抽象的な世界観を提示しつつ、最低限のテキストは入れて、次に具体的な動画を見せる。気持ちが高まってきたところで旅程を見せて、さらに過去の資料のダウンロードもできる、といった流れにしています。
個人的には、程よくわかる抽象的な説明から具体的なアクションへ落とし込むような情報設計が好きなんです。どうすればクリックを重ねながら最後まで見てもらえるかを意識して構成しました。
田渕:旅程にもスタート地点がなくてどこから始めてもいいということで、並べ方もフラットで、どこからでもクリックできるようになっていますよね。動画もループしているし、地図も俯瞰で全景が見える。旅程を言葉で表現した『物語から探す』のセクションも一面に展開されています。
松本:『地図から探す』は世界観のあるマップですが、スマホだと地図の魅力が伝わりづらい。土地勘がない人はクリックのモチベーションも湧きにくい。そこでマップではなく旅程を物語として捉え、言葉から選べるようにしました。情緒的な表現と具体的な価値を組み合わせたキーワードを作ってほしい、とRikuさんに依頼したんです。
田渕:「観光名所は少ない」とはいえ、一つひとつのエリアやスポットと向き合えば、情緒のある言葉や行く価値を見出せるということですよね。
Riku:そうですね。説明が難しいのですが、日本を代表する主要都市……たとえば北海道のように、すでに価値が確立されている観光資源があるわけではありません。だからこそ、マップやWebサイトを通じて各エリアやスポットの価値を伝えることを終始意識していました。

── サイトを特徴づけるものとして、やはりイラストの存在が大きいですね。
Riku:イラストは紙媒体のものを流用していますが、江戸時代の日本画や水墨画をWeb上に表現するために試行錯誤しました。
松本:古風のデザインだけど、UIは今っぽくて使いやすい。ただ紙のデザインがそのままWebになっているだけじゃない、という点が挑戦的かつセンスが問われる部分だったと思っています。
田渕さんが仰っていた『一般的な観光サイト』にしないために世界観を守りつつ、一方でWebサイトとして回遊性を高めるために細かい情報設計・デザインの調整を重ねています。

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成功の要因は、巧みな編集とハイパフォーマンスなコラボレーション
── 本プロジェクトをあらためて振り返ってみていかがでしたか?
Riku:プランナーの立場からすると、茨城県の「県北」という場所に、想定以上のクオリティで大きな柱を建てられたと感じています。
県北は“観光名所”として広く知られている場所は限られていますが、だからこそ新しい価値を創り出すチャンスになった。その結果、他の地域ではなかなか実現できない挑戦的なサイトに仕上がったのかもしれません。
さまざまな制約がある中で「まずは最低限のものを」と始めたプロジェクトでしたが、ワヴデザインさんとアールイーデザインさんのおかげで想像以上のサイトになり、本当に感謝しています。さらにS5-Style賞までいただけたことは大変ありがたく、思い出深いプロジェクトになりました。
松本:コンセプトが明確で、ビジュアルやコンテンツの質も高くわかりやすい。だから『常陸国ロングトレイル』をWebサイトとして展開する方法はとても考えやすかったです。
イラストや動画も数多くあり、紙のマップなどWebと一貫した世界観の素材も揃っていたので、そういう意味でも取り組みやすいプロジェクトでした。
── 田渕さんは、制作のプロセスを聞いて改めてどのように感じられましたか。
田渕:企画、世界観、コンテンツ。すべてにおいて「共有された理想像を目指す」という軸があり、最後まで価値観を一貫してぶらさずに形にできた。それが成功した要因なのかもしれません。
また、地域ブランディングという観点において、地域の魅力をコンテンツ化する編集の巧みさも感じました。
本来の魅力をわかりやすくラベルリングし、どんなストーリーで伝えていくか。それを丁寧に積み上げていったことが大きかったと思います。コンテンツの見せ方や言葉選びの精度の高さ、そしてそれをサイトとして構造化できている点。これはプランニングと制作、双方がハイパフォーマンスでなければ実現できなかったでしょうし、その掛け合わせがうまく機能したからこそできること。
プロジェクトメンバーが近い距離感でディスカッションをしていて、領域を分けずに混じり合っていたと聞いて、自分が想像していたことの答え合わせができたように思いました。
今回の件は、地域ブランディング成功事例の一つの形になっていると思います。複数の制作会社が協業し、行政とともに地域の物語を発信する。このプロセスは、同じように地域ブランドに携わる方々にとって刺激になるでしょうし、他県の行政の方々も「自分たちの地域もこういう形で魅力を発信したい」と感じられるのではないでしょうか。

地域という難しいテーマに向き合い、新しい魅力と価値を引き出したRikuのプランニング力。
限られた制作条件の中でStudioや制作パートナーの力を最大限に活かし、魅力的なWebサイトへと結実させた松本のクリエイティブ力。どちらも難題に挑みながらアウトプットを磨き上げた、好事例と言えるだろう。
クリエイティブとは、常に多くの制約や難題を抱えながら、それでも表現の可能性を切り拓いていく実践である──今回のプロジェクトは、そのことを改めて実感させる一つの答えとなった。

baigie inc.
松本龍彦 (Matsumoto Tatsuhiko)
ワヴデザイン株式会社 CEO / Creative Director
衣食住の分野に豊富な知識と実績をもつ。主な受賞にグッドデザイン賞など。
https://wab.cc/
田渕将吾 (Tabuchi Shogo)
S5 Studios Art Director / Interaction Designer
Webデザインギャラリー「S5-Style」キュレーター。
制作したWebサイトを見る