Interview
芳賀 剛 × 溝口 耕太
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi
2025.09.16
LA発「ランディーズ・ドーナツ」日本上陸を支えたサイト制作の舞台裏
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi
2025.09.16

Profile

芳賀 剛
グリット・インターナショナル代表

溝口 耕太
アイティプラス
2025年5月、東京・代官山。開店前から500人以上が並び、開店初日からドーナツ4000個が完売──。この光景を生んだのは、米国・ロサンゼルス(LA)発の老舗ドーナツブランド「ランディーズ・ドーナツ」の日本第1号店だ。
仕掛け人は、 日本法人代表・芳賀剛。
約20年にわたる小売の現場で磨かれたのは「人を惹きつける最初の驚きをどう演出するか」という審美眼だ。店舗でも、商品をどう見せるか、空間をどう魅せるかにこだわり抜き、その視点はWebにおいても変わらなかった。
アートディレクター/デザイナー・溝口耕太(アイティプラス)と試行錯誤を重ね、わずか1ヶ月でブランドの世界観をWeb上に表現。
当初は「自分でサイトを更新するつもりは全くなかった」という芳賀だが、制作過程でCMSやエディターの使い方を習得し、経営者でありながら手を動かすプレイヤーへと変わっていった。
発注者と制作者という垣根を越え、即断即決の連続で磨き上げられたWebサイト戦略——その舞台裏に迫る。

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出会いと即決。
徹底したデザインへのこだわり
2024年3月、東京ビッグサイトで行われた「フランチャイズ・ショー」。最終日の夕方、芳賀は知人に誘われて立ち寄ったブースで、壁一面に貼られたオレンジ色のテイクアウトボックスと出会う。
1952年の創業以降、LAを中心に70年以上愛され続ける老舗ブランド「ランディーズ・ドーナツ」を芳賀が知ったのは、この時が初めてだった。
芳賀「オレンジ色の箱を見た瞬間、ビビッときたんですよ。この箱にドーナツが入ったら売れるなって。なんとなくインスピレーションが湧いたんです」

そう感じた背景には、ビジュアル第一主義とも呼べる芳賀の信念があった。
人間は商品を手に取る前に、まず最初に見る。そこで心が動いて、初めて財布の紐を緩める。だからこそ、商品の配置や陳列方法、角度を少し変えるだけで売上が大きく変わる。これまでの世界で鍛え上げられてきた感覚が「これは売れる」という直感に繋がった。
わずか15分後、芳賀はライセンス契約を決断した。ドーナツの味も知らない、本国の売上も知らない。それでもビジュアルの力に賭ける覚悟は揺らがなかった。
翌月にはLAに飛び、本国のオーナーと会って契約を結ぶ段取りを進めた。そして11月、日本初上陸のプレスリリースを発表。この間「フランチャイズ・ショー」からわずか8ヶ月である。
すると予想を超える反響が押し寄せた。朝から鳴りやまない電話、1日50件以上のメール。対応しきれないほどの問い合わせが殺到するなかで痛感したのは、ブランドの世界観を十分に伝える場がないこと。急ごしらえの簡易サイトでは限界がある。
芳賀「Webサイトって、自分たちで完全にコントロールできる数少ない場所じゃないですか。ブランドの顔として、ここは絶対に手を抜けないと思ったんですよね」

商品を並べる棚が重要であるように、ブランドの魅力を100%表現できるWebサイトが必要だ。
制作パートナー探しは、芳賀らしい徹底ぶりで進められた。
Studio Expertsの制作実績ページを開き、5時間かけて100社以上、500サイト超を精査。各社の実績を一つひとつクリックし、じっくりと見ていく中で目が止まったのが、アイティプラスのサイトだった。
「透き通っていたんですよ」と芳賀は表現する。クリアな世界観、高品質な写真、そして何より印象的だったのは、フォントの美しさと文字間隔の絶妙なバランス。スクロールと連動するギミックやアニメーション。
遊び心と洗練されたデザインの共存、予算等の条件が一致していたことが決め手となった。
アイティプラス宛てに問い合わせメールを送ると、20分後には溝口から返信が返ってきた。その数時間後にはZoomでの打ち合わせが実現。当日中に「一緒にやりましょう」とパートナーが決まった。その時のことを溝口は語る。
溝口「スピード感が早かったですし、こんなに細かい部分まで自分のデザインを理解している人は初めてだと思いました。『縦書の文字と横スクロールの文字を入れたい』『回るギミックやアニメーションに遊びがほしい』といったレベルで詳細なオーダーをくれるので、迷いなく形にできました」
芳賀のビジュアルへの圧倒的なこだわりが垣間見えるエピソードだ。だが、溝口も即断即決でプロジェクトをはじめられた理由は何だったのか。
溝口「ランディーズ・ドーナツのことは初めて知りました。ただドーナツブームで各社さまざまな商品を出している中で、味が美味しいのはもちろんとして、見た目というか、ポップなカルチャーそのものを売るスタイルが面白いと思ったんです。他社とは戦い方が全然違うし、このデザインを担当できたら楽しそうだなと」
映画『アイアンマン2』に登場、『ゴーストバスターズ』とコラボレーションするなど、単なるドーナツ屋を超えてカルチャーを作っていくLAのブランド。その本質を即座に理解した溝口は、デザイナーとして寄与できる価値の大きさを直感した。
こうして12月に誕生したパートナーシップだが、サイト公開予定は翌月2025年1月、店舗オープンは半年後の5月。急ピッチのサイト制作プロジェクトが幕を開けた。

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打ち合わせが、そのまま制作時間になる
「ここ、こうしたいですね」「今直しました」
Zoomの画面越しにサイトがリアルタイムで変化していく。今まで経験したことがない制作プロセスに、芳賀は驚いたという。
芳賀「一般的には、打ち合わせから2週間後にデザイン案が上がってきて、修正指示を出して、また2週間待つじゃないですか。
でも溝口さんは違うんです。話しながらその場で直してくれる。打ち合わせ中にやり取りしながら、どんどんサイトが修正されていく体験が新鮮でした。こういう使い方したい経営者の方ってたくさんいるんじゃないかな」
Studioのライブプレビュー機能が、セッションのような制作スタイルを実現した。デザイナーが手を動すと即座に画面に反映される。打ち合わせが、そのまま制作時間になる。
そして芳賀はあることに気づく。
芳賀「これ、プログラミングしてないんですよね。だったら僕でも動かせるんじゃないかって。溝口さんがStudioを使う姿を見ていたら、だんだん使い方がわかってきたんです。
試しに後日、打ち合わせ中にログインして触ってみたら『あ、芳賀さん今デザインエディタを触ってますね』と言われて。そのリアルな同期感覚がちょっと気持ち悪いくらいで。だけど、このスタイルだからこそものすごく早いんだなと」
CMSだけでなく、エディター画面の動かし方を覚えた芳賀は、細かい部分は自分で直すようになった。プロジェクト当初は全く考えていなかった「自分で更新する」という選択肢が生まれたのだ。
とはいえデザイン面でやることは山積みだ。とりわけ「LAのポップカルチャーをどう日本市場に落とし込むか」という課題は重要になる。芳賀が最も重視したのは、店舗の上に乗った巨大なドーナツだった。
アメリカでは日常風景だが、日本人には新鮮に映る。この存在感をどうWeb上に表現するか——。
そこで溝口が提案したのが、店舗のイラストにドーナツが後から降ってくることで完成するというオープニングアニメーションだった。
さらに、日本の10〜20代を主要ターゲットに据えるにあたり、本国で使われる濃いオレンジを少し明るめに調整。ブランドの個性を保ちながら、日本の市場に馴染む表現へと仕上げていった。
そのほか、芳賀のこだわりは細部にまで及んだ。
他サイトで使われたポップアップの演出、縦書きの文字の追加、細かなアニメーション……そのオーダーの解像度に溝口は驚きつつも、飛んできたボールを打ち返すように次々と修正を加えながら、お互いが納得できるものを作り上げていった。
そして2025年1月中旬、プロジェクト開始から約1ヶ月でティザーサイトが完成。その後も商品メニュー、店舗情報、採用ページと、機能や情報がスピーディーに追加されていった。

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経営者でありながら、自らWebサイトを動かすプレイヤーになった瞬間
2025年5月、ついに迎えたオープン当日。朝早くから店舗前には長蛇の列ができていた。開店と同時に、ドーナツは飛ぶように売れていく。
芳賀「だいたい250メートル、500〜600人並んでましたね。ドーナツは最大4000個しか用意できないので、1人8個買ったら終わってしまう。開店前にはもう溝口さんに『これは全員買うのは無理だね』と伝えて、Webサイト更新をスタンバイしてもらいました」
溝口は行列の目の前でStudioにログイン。開店直後に「完売」の告知をサイトに掲載した。
しかし連日、最大6時間待ちという想定外の状況に「並びすぎ」という不満が噴出。行列が続くなかで「整理券は何時から配られるんですか?」という問い合わせが届くようになった。
そこですぐに「お知らせ」セクションを実装。芳賀は1ヶ月以上、毎日現場からリアルタイムでデザインエディタを触って「整理券の配布を開始します」「本日の整理券配布は終了しました」といった告知を更新するようになった。
芳賀「せっかく来てくれたお客さんが店内に入れないのは申し訳ないので、CMSから自分でリアルタイムに更新できる機能は助かりました。週末も営業してますし、溝口さんに毎日頼むわけにもいかないですからね。僕がやらないと意味がない。自分がやれることはやって、どんどん内製化できればいいんですよ」
プロジェクト開始当初、「自分で更新するつもりは全くなかった」という芳賀。だが発注者・受注者という関係性を超えたセッションを繰り返すうちに、いつしか自らが手を動かしてWebサイトを運用するようになっていたのだ。

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即断即決の連続によって
磨き上げられたWebサイト戦略
売り場に商品があっても、見せ方が悪ければ売れない。
同じように、ブランドに興味を持った人がWebサイトを訪れたとき、その期待に応えられなければ、二度目のチャンスは巡ってこない。
芳賀「結局、しっかり作り込まれたWebサイトがあることで、すべての事業活動にポジティブな影響が波及するんです。
最近はお店のWebサイトを作らずSNSだけにするケースも増えていますが、やっぱりブランドの世界観を表現する“顔”になるのはWebサイトだと僕は思いますね」
日本上陸に向けて作り込んだサイトは、予想以上の効果を生んだ。想像していたアクセス数を超え、問い合わせメールも日々数十件届いた。Studioのシステムから「上限を超えたのでプランをアップグレードしてください」とアラートが来るほどだったという。
しっかり作り込まれたWebサイトは、ブランドへの理解と熱意を持った人を引き寄せる。その象徴となったのが、求人情報ページからの応募殺到だ。
芳賀「求人媒体は一切使わずWebサイトだけで求人票を出していたのですが、アルバイト募集には1週間で500人以上、正社員も100人以上の応募が来ました。採用コストを抑えながら、スピーディーに優秀な人たちを採用できたのは嬉しいですね」

今、芳賀は次のフェーズを見据えている。店舗数を拡大し、2028年までに50店舗、その先は数百店舗にまで広げていくことを目標に掲げる。
だからこそ、これまで作ってきたWebサイトは、今後もビジネス展開とブランドづくりを両面から支えていく役割を担う。
たとえば、新しくできた店舗をいかに表現すれば、集客力がより上がるのか。そのアイデアとして考えているのが、住所や営業時間だけでなく、店舗の個性や雰囲気、スタッフ一人ひとりの顔まで、各店舗ページを作り込んでいくという構想だ。
芳賀「ドーナツ業界にはトップランナーの大規模フランチャイズ店が既にありますが、そこに肩を並べられたらいいですね。店舗だけでなくWebコンテンツの面からも、リアルタイムに改善しながらアイティプラスさんと一緒にどこまで大きくしていけるか。それが今の野望というか、楽しみにしていることです」

芳賀の圧倒的な決断力、溝口の柔軟で精緻な対応力——そして芳賀自身が発揮した「自分で手を動かして形にする」という創造力。
この3つが重なり合い、短期間でブランドの世界観を形にするWebサイト戦略が実現した。作る喜びを共有しながら積み上げた第一歩は、これからさらに広がっていく。
ランディーズ・ドーナツの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

baigie inc.
芳賀 剛(Haga Takeshi)
1976年東京都生まれ。日本大学経済学部卒業後、ドン・キホーテに入社し店舗運営や仕入れを経験。2013年に日本商業施設社長、2017年にパン・パシフィックHD取締役として不動産・広告・新規事業を統括。2021年グリット・インターナショナルを設立、代表取締役に就任。
溝口 耕太 (Mizoguchi Kohta)
2008年、多摩美術大学 グラフィックデザイン学科卒業。2008年〜2012年、デザイン事務所にてグラフィックデザイナーとして勤務。2012年から世界のデザイン&アートを見るために世界一周を経験。2013年に帰国後、同年4月からフリーのデザイナーとして活動し、2014年、株式会社アイティプラスに入社。
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