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Interview

baigie inc.

Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Nakahama Masami,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi

2025.08.18

デザインの本質は“映え”にあらず。枌谷力が見据えるWebデザインの行き先

Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Nakahama Masami,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi

2025.08.18

 ALTはじまり:白いTシャツの上に黒と白のストライプ柄の半袖シャツを着たベイジ代表の枌谷力さんが、オフィスビル内のガラス張りの空間で、腕を組んでカメラをまっすぐ見つめている。ALTおわり

採用サイトやBtoBサイトに強みを持つ株式会社ベイジが、11年ぶりに自社採用サイトをStudioで刷新した。

Web制作会社の採用サイトならば、ビジュアルや動きのインパクトがあり、クリエイターの誰もが真似をしたくなるような表現を想像するかもしれない。

しかし、このサイトにあるのは真逆の姿だ。

インパクトのあるビジュアルや動きのあるインターフェイスを排し、ビジュアルもコピーも装飾性を削ぎ落としたシンプルな構成。徹底したユーザー目線で、わかりやすく、使いやすく、ダイレクトに「ベイジ」が表現されている。

なぜあえてこの方向を選んだのか──その背景には、同社代表の枌谷氏によるWebデザインの役割を問い直す視点と、クリエイターに向けた問題提起が見えてくる。

戦略的で実利主義的なアプローチの中に、デザイナーであり経営者である枌谷の「美学」や「思想」が息づいている。その視線の先に描かれるのは、デザインの本質とWeb制作の未来だ。

 ALTはじまり: ベイジのオフィスで、木製の棚と本を背景に座り、穏やかに話すベイジ代表の枌谷力さん。ALTおわり

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11年ぶりのリニューアルが示す
2025年のWebクリエイティブ

「誤解を恐れずに言えば、ギャラリーサイトに載っているような“映える”サイトは、すでにコモディティ化しています。もはや、業界内のデザイナーにしか通用しないと思っています」

SNSで話題になる斬新なWebデザインに触れるとき、それに反応しているのは同業者ばかりではないか、と枌谷は指摘する。

「私もデザイナーだし、そういうサイトを見てきれいだと思う感性もあります。でも、蓋を開けてみると、デザイナーしか反応していない。もちろん、Webデザイン業界の中でのプレゼンス向上という意味ではいいのですが、多くのビジネスはデザイナーがターゲットではありません」

ベイジが制作した他のサイトを見ても、この言葉は裏打ちされている。では、どのようなプロセスで、このような形になっていったのだろうか

「我々がデザインするときは、目的に対して有効かどうかが一番大事で、クリエイティブというのは手段に過ぎないと思っています。採用サイトというのは、自分の会社にフィットする人、活躍してもらえる人からの応募をできるだけ増やしたいというのが向かうべき目的ですよね」

本来の目的を達成するデザイン・構成であること。それに加えて、制作会社/クリエイターとしての自意識もなかったわけではない。

「一方で逆説的ですが、我々もコンテンツやデザインを扱っている会社なので、クリエイティブなサイトにしたいという思いはありました。その上で、今、2025年という時代におけるWebのクリエイティビティは何だろうと考えたときに、この形に行き着いたということです」

 ALTはじまり: ベイジのオフィスにある、黒い背景の壁に会社のロゴ「baigie」が銀色の立体文字で刻印されている。ALTおわり

制作の過程で、ビジュアル・演出先行型のサイトにする選択肢も考えなかったわけではない。

しかし、それでは制作会社の採用サイトとしては当たり前過ぎて、かえって埋没してしまうと判断した。

「求職者のターゲットに刺さるクリエイティブでありたいというところでひらめいたのが、WikipediaのサイトやGoogleドライブのようなツールです」

情報伝達を最優先に、シンプルな導線設計に特化する。

そう決めた枌谷の頭の中に、Notionという選択肢もあった。事実、Notionを採用したサイトが話題になっているが、結果的には、枌谷自身がStudioを選択した。

「情報主体のサイトにすると考えたときに、方向性がすべて決まった感じがありました。Studioでそういうサイトは見たことがなかったので、新しいことができると思ったんです」

あえてビジュアル訴求も得意なStudioというツールでつくることから面白いという。こうした発想の根底には、以前からグラフィカルな採用サイトに対する疑問もあった。

グラフィカルな印象だけで魅力を高めて、商品広告のようにビジュアル表現を競う。それは求職者を軽んじてるのではないか、と強い言葉で言う。

「求職者はすごく真剣なんです。私自身も何度も転職しているので、よくわかります。

必要なのはその会社の情報・コンテンツなので、余計な装飾で大事な情報が埋もれてしまうような演出はして欲しくない。そういう採用サイトのデザインに対する私なりの反発心が根底にあって、今のデザインになっている面もあります」

ALTはじまり:ベイジのオフィスで、本棚を背景に話すベイジ代表の枌谷力さん。 ALTおわり

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デザインとは「素材の魅力を引き出す手段」である

あるモノやコトをより魅力的に見せるための装飾や演出を施すことも、デザインの役割の一つである、というのが一般的なデザインやクリエイティブの解釈かもしれない。しかし、枌谷の考えるWebデザインは少し違う。

「その素材が本来持っている魅力を伝える。それがデザインの役割だと私は思っています」

たとえば、と料理を例にあげて語る。

「旬の食材を活かすために下ごしらえをして、火を入れ、味を整える。過剰にソースや香辛料を加えるのではなく、素材の良さを最大限に引き出すタイプの料理ってありますよね。

一方で、強い味付けをして、どの食材でも同じ味になるような料理もある。食という面では好みの問題でしょうが『素材のおいしさを引き出すために最低限の調理をする』という考え方が、私のデザイン観に非常に近いです」

枌谷にとってのデザインは、素材が持つ本来の魅力を活かすための手段であり、素材に由来しないような過度な演出は時に本来の価値を損なう、と強調する。

また、別の角度から重要だと考えているのがクリエイティブの「ポジショニング」だ。

「マーケティング戦略のSTP※の最後のP。クリエイティビティも絶対的なものではなく、世の中がこうだから、こっちがクリエイティブに見える、という相対的なものだと思うんです」

※Segmentation(市場細分化)、Targeting(ターゲット市場の決定)、Positioning(ポジショニング)の3つの要素の頭文字を取ったもの。

具体例として、ベイジが手がけた障害者支援施設「ライフデザイン」の採用サイトを挙げる。

「ベイジのようなWeb制作を手がける会社の採用サイトでは大胆な演出が多いので、地味だと逆に目立ちます。一方、障害者支援施設といった福祉や医療分野のサイトは、ビジュアルデザインされていないことがスタンダードな世界なので、グラフィカルだとユニークに見えてきます」

もちろん、逆張りをすればよいというわけではない。当然、その物の本質が表現されてこそ意味がある。

「実際にオフィスに行って社員の方と会ってみると、いわゆる障害者支援施設のイメージとはまったく違いました。

社長を含めた社員全員が、スタートアップ企業みたいにエネルギッシュで、挑戦する空気に満ちていて。だからこそ、その素材の良さをダイレクトに伝えるために、アニメーションのような動きのある表現をあえて取り入れています」

枌谷は、あるべきWebデザインの在り方を、こう定義する。

「本来の目的を持ち、一般的にスタンダードなものとは逆のポジションにあり、かつそれが自分たちの自然な姿であるというところを見極めてデザインの方向性を決める。それがビジネスの世界のあるべきクリエイティブじゃないかと思います」

そういう観点から、枌谷は現在のWeb業界、特にWebデザインの世界に強い危機感を抱いている。

「あくまで私の感覚ですが、Webデザインの分野とUIデザインなどのデジタルプロダクトのデザインの分野は分断してて、後者では、私と似たような考え方の人が多い印象があります。

一方、Webデザインの世界では、2000年代のWebがまだ華やかで、Webのビジュアルが注目を浴びていた時代の名残をずっと引きずっている。

それは、生成AIやノーコードツールが登場し、価格がどんどん安くなる世界の人々の体験や情報取得行動とは逆行してて、基本的には淘汰される世界観じゃないかと思っています」

 ALTはじまり: 白いTシャツの上に黒と白のストライプ柄の半袖シャツを着たベイジ代表の枌谷力さんが、窓の外に目を向け、真剣な表情で話している横顔のポートレート。ALTおわり

2000年代はWebサイトというのがまだ目新しく、Webサイトで動きのある表現を作ること自体がブランドになり得た時代だったが、スマートフォンの普及とともに状況は変わったのだとも指摘する。

「スマートフォンを前提としたデザインは、物理的な制約もあって、ビジュアル的な装飾ではなく、コンテンツだけをコンパクトに見ようという文化、そして、どこでも使えるスマートフォンの利用状況も含めたUXという考え方が中心にあります。

2010年代には、Webのデザインもその方向に変わってきたと思うんですが、2000年代の価値観を引きずり、Flash的なデザインを評価するコミュニティがWebのクリエイターにおいて未だに残っている印象がありますね。でもそれは、ほとんどクリエイター側のエゴだと思います」

ベイジの採用サイトは装飾の対極にあり、コピーの表現も直接的だ。

「装飾的か、逆に装飾を削ぎ落としていくのかというのはHow(手段)の話で、Who(誰に伝えるか)とWhat(何を伝えるか)のほうが大事なんですよね。そのために加工や装飾が有効であれば、そういうデザインを選択する。

しかし、少なくともWebサイトの場合は削ぎ落としたほうが良いケースが9割以上じゃないかと思っています」

 ALTはじまり: 窓からの光が差し込むベイジのオフィスで、真剣な表情で話しているベイジ代表の枌谷力さんのアップ。ALTおわり

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「つくる」から「考える」へ。
コンサルティングへのシフト

Webデザインの変化とAIなどのデジタル技術の進歩により、業態としてのWeb制作にも大きな変化が来ると考え、ベイジでは2023年から「コンサルシフト」という戦略をすすめている。

「2023年は、ちょうど生成AIが台頭してきた年ですが、この戦略は2010年代から考えていました。Web制作がなくなることはないけれど、低価格化のトレンドが来るだろうと。

実際、問い合わせ時の予算も年々下がってきていて、低価格化のトレンドは止まらないと思います」

問い合わせ数は減っていないのに、予算は明らかに減ってきていると言う。この状況を受けて、「つくる」ことから「考える」ことへとシフトする必要があると判断した。

「デジタル技術は、今までできなかった人ができるようになる方向に進化していきます。だから『つくる』価値が低下するのは当然のこと。

ただ、ここ数年、その流れが急速に加速しています。そうなったら『つくる』ではなく『考える』ことでお金をいただくスタイルに変えていこうと」

だからといって、制作をやめるわけでも、社内にデザイナーを採用しないわけではないと言う。

「『考える』部分を象徴的に『コンサルティング』と表現しているので、『コンサルティング会社』と言うのか、あるいは『コンテンツプロデュース会社』を名乗るかなどはまだわかりません。

つくる部分はゼロにはならないけれど、その比重を逆転させていこうという感じですね」

 ALTはじまり:ベイジのオフィスで、本棚を背景に身振り手振りを交えながら話すベイジ代表の枌谷力さん。 ALTおわり

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これからのクリエイターは
どう変わっていくべきか

では、AIやノーコードツールが進化する中で、クリエイターはどう変わっていくべきなのか。

「クリエイターに影響する今後も続く変化とは、テクノロジーによってつくる工程がどんどん簡略化されることです。

そうなってくると、つくることではなく、お客さんの課題に対して幅広い提案ができる人が求められる傾向が強くなると思います」

ツールで作る工程が省力化されるのはWeb制作だけではない。AIが映像も、音声も扱えるようになるならば、作る側も、顧客の課題に合わせて動画や冊子の提案・制作まで、領域を広げていく必要があると言う。

一方で、制作が完全にAIに置き換わることはないとも考えている。

「ラストワンマイルは人の手を加えないといけない状況がしばらくは続くでしょう。仮にAIがそれもできるようになったとしても、つくられたものを選ぶのは人間。そこでは評価するという審美眼が必要です。

トータルで見るとデザイナーは今でいうところのクリエイティブ・ディレクターに近い存在にシフトしていくのではないかと思っています」

 ALTはじまり: ベイジのオフィスにある本棚に並べられた多数の書籍と、棚の上のオーディオ機器。ALTおわり

興味深いことに、従来のコンサルティング業界も同様の危機感を抱いているという。

「コンサルティング会社と情報交換をしていると、彼らの業務も低価格化するのではないかという危機感を持っていますね。

僕は、制作とコンサルがごちゃまぜになる世界がやってくるかもしれないと思っています。コンサルタントの仕事をデザイナーが奪う可能性があるし、デザイナーの仕事をコンサルタントに奪われることも起こりえる。

これは、ものすごく楽しそうな世界ですよね。うちは奪われるのではなくて、奪う側に立ちたいって思っていますけど。

これからのデザイナーは、何かを『つくる』ということだけではなく、ビジネスにおいてどんな価値を与えたか、という点を評価される方向へ行くべきだと思っています」

Web制作をめぐる環境も、求められる役割も、時代とともに大きく変わっていく。「つくる」だけでは届かない時代に、クリエイターはどんな価値を生み出していくべきか──。

これはベイジという一社の試みにとどまらず、Web制作に関わるすべての人にとっての問いであり、あらゆるクリエイターに向けられている。

この問いが、クリエイティブの本質を見つめ直すための出発点になるかもしれない。

 ALTはじまり: ベイジのオフィスで、コンクリートの柱と大きな窓を背景に立つベイジ代表の枌谷力さん。ALTおわり

baigie inc.

枌谷力(Tsutomu Sogitani)

株式会社ベイジ代表取締役。大阪出身。1997年NTTデータ入社、2001年にWebデザイナーとして転職。2010年に株式会社ベイジ設立。2021年にクラスメソッド株式会社のCDO(Chief Design Officer)に就任。20年以上東京在住の後、2022年4月から福岡に移住。

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