Interview
クックドゥードゥードゥー
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Enda
2025.06.09
感受性が導く、空想と現実のあわいへ──大橋絵里奈が描く“没入”のデザイン
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Enda
2025.06.09


まるで絵本のページをめくるように、見る者の心に優しく触れるデザイン。
名古屋を拠点に活動するフリーランスデザイナー・大橋絵里奈が生み出す世界は、どこか懐かしく、そして新しい。
独立からわずか2年でWebクリエイターの注目を集める彼女の創作の源泉を辿ると、ひとつのキーワードが浮かび上がる。「感受性」だ。
「日常生活の中で、心がふっと動く瞬間。それを大切にしています」
彼女の持ち味は、イラストを駆使した豊かな表現力から生まれる、唯一無二のファンシーな世界観だと言えるだろう。
先日開催されたStudio Design Award 2024において、Web Designing賞を受賞した「名古屋たちばな高等学校マーチングバンド部」も大橋の世界観が遺憾なく発揮され、観る者に強いインパクトを残した。
その他、愛知県小牧市にある「小川ぶどう園」や、バイオリン工房のサイト「Studio mora mora」、Z世代を代表する企画・マーケティング会社「僕と私と株式会社」コーポレートサイトなど、大橋は次々と話題作を手掛けている。
彼女はいかにして、心躍るアイデアを生み出し、物語からデザインを生み出しているのだろうか。幼少期から今に至るまでの軌跡、そして彼女のデザインの根源にある「感受性」の秘密を紐解いていく。

01 / 05
ものづくりに大事なのは
「感受性の層」を育むこと
「名古屋たちばな高等学校マーチングバンド部」のWebサイトには、大橋ならではの独創的なイラストが駆使され、まるで音が聞こえてくるような躍動感あふれる世界が広がっている。
この鮮やかなサイトは、どのように生まれたのだろうか。きっかけは、映画『沈黙のパレード』(原作:東野圭吾)のワンシーンだった。
「映画に出てきたマーチングバンドの力強い演奏と演出が、あまりにもかっこよくて。あの衝撃はいまでも忘れません。そこからマーチングバンドのサイトを作りたいという衝動が湧いてきたんです」
その日から、制作に協力してくれる「マーチングバンド探し」が始まった。そして、YouTubeでたまたま見つけたのが、名古屋たちばな高校の動画だった。
「ガリレオを観たときと同じくらいの衝撃でした。ただただ『かっこいい!』って。あとは後先なんて考えず、感情まかせに『サイトをつくらせてください!』と連絡しました」
自分が感じたものを、そのまま表現したい。形にしたい。とにかくその一心だったと大橋は振り返る。
制作過程で、彼女の頭の中にあったのは「自分が体感した衝撃を、どうすればWebサイトで表現できるか」だ。
そのとき、インスピレーションの源となったのが『すてきな三にんぐみ』という絵本だった。
「無駄がなくて、それでいてクールでおしゃれなデザイン。それが、名古屋たちばな高校のマーチングバンドを初めて観たときの感情と重なりました」
今回だけでなく、大橋は絵本から着想を得て、ときに横に置きながらイラストやサイトを制作していることが多い。アイデアに煮詰まると、いつも彼女は本屋の絵本コーナーへと足を運ぶのだという。
「ファンタジーや空想の世界が、昔から大好きで。
絵本を開けば、現実にはないような自由な表現や、心を掴まれる色遣いにたくさん出会えます。一見まとまりがないようでいて、なぜかすごく色に誘われるような。」
絵本はただの参考資料ではない。
「なんだか素敵だな」と、感情が揺さぶられること、その瞬間の自分の心の動きを感じることが大事なのだという。
この「心が動く瞬間」への意識こそ、大橋がデザイナーとして、そしてひとりの人間として、日常的に心がけているものだ。
「生活していると、ふと心が揺さぶられる瞬間ってありますよね。
懐かしい香りに記憶が呼び覚まされたり、映画のワンシーンに胸が締め付けられたり。季節の変わり目に理由もなくワクワクしたり、切なくなったりもする。
そうやって小さい心の変化を意識的にストックしていくと、ものをつくるときに『にじみ出る』ような感覚があって」
大橋によると、それは“感受性の層”のようなものだと言う。
日々の生活の中で積み重ねられたその層は、彼女のアウトプットの背景に確かに存在し、見る者をそっと惹きつけている。

02 / 05
ジュエリーからWebへ。
共通点は「物語の世界観」
こうした大橋の発想は、いつ、どこで育まれてきたのだろうか。
その原点を尋ねると、幼い頃からつくることが好きで「よく空想の絵を描いていた」と答える。
「小学生のころのあだ名は『図工の神様』でした。当時、すごく嬉しかったのを覚えています」
おとなしい印象を持たれがちだった少女が、ものづくりで周囲を「え!」と驚かせる。そうした瞬間が、彼女がものづくりの道を志すピュアで力強い原体験となった。
絵を描くことと同じくらい、彼女を夢中にさせたのが、粘土で立体物をつくることだった。手先が器用だった彼女は、美術大学で絵画ではなくジュエリーデザイン学科へと進学している。
「大学では、動物を粘土でよくつくっていました。生き物を立体で表現するのって、その構造を深く理解しないといけない。
それがすごく奥深くて面白かったんです。たまに、顧問の先生のリアルな顔を粘土でこっそり作るとか」
ジュエリーデザインは、現在のWebデザインやイラストとは異なる分野に思えるかもしれないが、大橋にとっては自分の感覚に最も近いものだった。
ジュエリーの世界は「木や陶器、ガラス、シルバーなどを素材につくる」など、想像以上に自由で懐が深かったからだ。
「わたしは昔から、物語の世界観を思い描いて、そこから何かをつくることが多くて。だから、同じジュエリーという分野でも、自分の個性を表現しやすかったのかもしれません」

空想の物語を核にジュエリーをつくる。その創作スタイルは、当時繰り返し聴いていたSEKAI NO OWARIの『スターライトパレード』からインスピレーションを得て形になった。
「音楽の世界観にどっぷり浸って、その情景や感情を、雑貨やアクセサリーに落とし込んでいく。空想の世界にしかいない動物や、物語のワンシーンをモチーフにすることもありました」

この独自の手法は、実は卒業制作という大きな課題を前に、より明確な方法論として確立された。
「卒業制作で自分のジュエリーブランドを立ち上げるために、50個以上の出店用商品をつくることになって。
どうやってアイデアを生み出せばいいのか、途方にくれていたときに音楽を聴いたり、写真や映画を観たり、絵本屋を巡ったりしてインスピレーションを得る、自分なりの手法が生まれました」
これが、大橋自身の「感受性」を形にするための鍵となった。

03 / 05
「自主制作」で限界線を広げ、
自信と表現の幅を育てる
「名古屋たちばな高等学校マーチングバンド部」のサイトは、自主制作として取り組んだ作品だった。
「マーチングバンドを観たときの感動を、そのままのかたちにしたくて。クライアントワークでは、お客様のご要望をデザインに落とし込むことが基本ですよね。
でも、今回は自分が本当に『つくりたい』と感じるものに集中したかったんです」
一方で、彼女の創作スタイルは時に困難を伴うこともある。空想の世界に没入し、そこからインスピレーションを得る手法は、クライアントワークにおいて常に力を発揮できるとは限らないからだ。
「当たり前のことではあるのですが、お客様の中には、わたしの作風を強く求めていない方もいます。
以前、あるIT系企業のクライアントから『イラストとかは特にいらないので、システム会社らしい、かっこいいサイトをつくってください』とご要望をいただいたことがありました」

その後、期待に応えようと力を尽くしたが、なかなか納得のいく仕上がりにならず苦戦した。自分ではないテイストを求められたときに、100%の力を出せないつらさを味わったという。
とりわけ独立して間もない頃は、自身の作風をどこまで出すべきか、クライアントの要望にどこまで合わせるべきか、そのバランスに悩むことも少なくなかった。
そんな中、大橋の方向性を決めるひとつのきっかけとなったのが、NEWTOWN代表・犬飼崇氏からの言葉だった。
「犬飼さんは『もっと自分の色を出した方が良い。大橋さんにしかできないことをやるべきだ』と言葉をかけてくれて。
その一言が励みになって、自分の色を出せるようになりました」
日々のクライアントワークで様々な要望に応えつつも、やはり自身の表現を追求する場として、大橋にとって「自主制作」は重要な意味を持つ。
「自主制作は、もっと自然に、本当に好きなもの、つくりたいものに真正面から向き合って、自分のルーツを確保できる機会です。そこで大切なのは、本気になって自分を追い込んでいくこと。
今の自分ができるかできないか、不安になるぐらいのラインを攻めて『本気を出せばここまでつくれる』という自分の幅を広げていく。それが大事なんだと思います」
大橋にとって自主制作は、新しい表現方法を試す研究であり、デザイナーとしてのキャリアを豊かにしてくれる機会でもある。
「これからも、毎年なんらかの挑戦を自主制作でしていきたいですね」

04 / 05
もっとたくさんの人に
デザインを届けていくために
2年連続でStudio Design Awardでの受賞を果たしたほか、着実に実績を重ねて、Webクリエイターの間での評判も高まっている大橋。しかし彼女の視線は、すでにその先の、もっと広い世界へと向けられている。
「SNSを通じてファンが増えることはすごく嬉しいですし、デザイン業界の方々と繋がれるのはとても心強いです。
ただ、最近のSNSは特定のコミュニティに閉じて『ドーム化』していると感じることもあります。
たとえば、わたしのいまのXのフォロワーは約2,700人ですが、その多くは同業者であるデザイナーです。本来、発信とはもっと外部に向けて行われるものだと思うのですが、今は内輪に向けて発信し続けているような感覚がある。
だからこそ、もっと広い世界、SNSの『ドーム』を超えたところで、様々なお客様やユーザーさんと繋がりたい想いがあります」

この感覚を、彼女はお笑い芸人の賞レースに例える。
「テレビの賞レースでは、お笑いを熟知した審査員が芸人を評価します。でも、審査員の評価が高いネタが、必ずしも一般の視聴者にとって一番面白いとは限らない、と感じることがあります。デザイン業界でも、似たようなことが起きているような気がしていて。
自分のつくったものをデザイナーの方々が褒めてくれることは本当に嬉しいこと。ただ、それはユーザーの目線とは異なる評価かもしれない。いつも身近にある他者の意見は『本当に聞きたい声』ではないかもしれない、と意識することが大切だと思っています」
さらに、デザイナー同士の「これがいい」という言葉にも、疑問を持っていい。誰かの評価よりも、もっと自分自身の感覚を判断基準にしても良いのではないか、と言葉を続ける。
「みんなが良いと言うものに対して『自分はちょっと違うかも』と感じることもあるかもしれない。それはつまり、デザインの良し悪しや好き嫌い、心が動くかどうかという基準を、自分の中にしっかり持っているということです」

05 / 05
緊張感を持った創作で
生活者の感動を生む
ユーザーやお客さんからの反応で手応えを感じた経験として、Studio Design Award 2023で受賞した「小川ぶどう園」のサイト制作を挙げる。
サイト公開後、顧客からの問い合わせが急増。地域のニュースにも取り上げられるなど、サイトがきちんと機能して効果が出ている実感が得られたという。
「マーチングバンド部のサイトでも、保護者の方から『うちの子が通ってます!』と直接メッセージをいただいたときは、本当に嬉しかった。そういった形での反応をもっと得られるように努力したいです」
そのためには、時に厳しいフィードバックも必要だと大橋は考えている。
バイオリン工房のサイト「Studio mora mora」を制作した際、STUDIO DETAILS共同創業者の服部友厚氏から「反響はあるかもしれないが、このサイトには緊張感が足りない」と、率直な意見をもらったという。
「そのフィードバックが、なぜかすごく心地よくて。むしろ、もっとそういう厳しい意見があっていい。褒められて居心地の良い環境にとどまってしまっているのでは、とようやく目が覚めたんです」
最後に、今後の活動について尋ねると「自主制作の幅を広げて、これからも毎年何かしらの形で取り組んでいきたい」と語った。今回、マーチングバンド部のサイト制作を経験したことで、自分の中で「意外とこんなこともできるかもしれない」と思える範囲が広がったからだ。
「これまでは、どちらかといえば現実的に『ここなら協力をお願いできるかも?』という範囲で考えてアプローチすることが多かったんです。
ですが、今はもっと純粋に『仕事をしてみたい!』という基準で、新しい分野にも挑戦してみたいと思っています」
たとえば、宇宙産業や音楽産業など。挙げていたのは、いまの大橋の活動からは、さらに少し遠く見えるかもしれない仕事だ。
だが「つくらせてくれませんか?」と素直に声をかけてみれば、次の扉が開けるかもしれない。そんな期待感を胸に、もっとたくさんの人に出会うために、大橋は活動のフィールドを広げていくのだろう。
自分の心が動くか、動かないか。日常の中で感受性を磨いていった先に、シンプルな判断軸だけが残る。
これからも、ふと心が動く瞬間を見つめる、大橋のクリエイションは続いていく。

クックドゥードゥードゥー
大橋 絵里奈 (Ohashi Erina)
名古屋拠点のフリーランスWebデザイナー。学生時代からモノづくりに没頭し、雑貨企画会社とデザイン事務所で経験を積み独立。Studio Design Award 2年連続受賞。
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