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Interview

高橋 鴻介 × 石井 健介

Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi

2025.11.28

見えるデザイナーと見えないクリエイター。ふたつの視点が交わる、新しいデザインのかたち

Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi

2025.11.28

ALTはじまり:遊歩道の中央で石井さんと高橋さんが立ち、笑顔でカメラの方向を向いている。明るい日差しと緑に囲まれた写真。ALTおわり

Profile

ALTはじまり:屋外で撮影した、少し横を向きながら笑っている高橋鴻介さんのプロフィール写真。黒いスウェットを着て、リラックスした雰囲気。背後には柔らかな緑が広がっている。ALTおわり

高橋 鴻介

発明家 / プロダクトデザイナー

ALTはじまり:屋外で撮影した、石井健介さんのプロフィール写真。笑顔でフリースジャケットの襟元を軽くつまみ、肩の力が抜けた自然な表情をしている。背景には緑が広がっている。ALTおわり

石井 健介

ブラインド・コミュニケーター

もし、朝起きると目が見えなくなっていたら?


2016年、36歳のある日、アパレル業界で働いていた石井健介はそんな状況に直面した。

突如訪れた光のない世界に混乱し、絶望の淵に立たされてから数年後。彼は目が見える世界と、見えない世界を仲介する「ブラインド・コミュニケーター」として活動するまでに回復を遂げる。


「一度精神的にどん底まで落ちたんですが、『目が見えないのってけっこう面白いかも』と気づきまして」


その後、石井は視覚障害をひとつの個性と捉える、さまざまなプロジェクトを生み出していく。

そんな石井の活動に伴走してきたのが、『接点の発明』をテーマに、人と人のつながりを生み出すものづくりをする発明家 / プロダクトデザイナーの高橋鴻介だ。

それぞれユニークな着想を持つ二人は、出会ってすぐに意気投合。石井のWebサイトをStudioで公開し、これまでに数々のワークショップをともに開催してきた。

お互いを「遊び仲間」と呼びあう彼らにとって、「視覚の有無」という違いは新たなクリエイティブを考えるうえで欠かせないテーマだという。


見える人/見えない人は、いかに共同でデザインするのか。その手がかりを探るべく、TBS主催のイベント「地球を笑顔にする広場」でワークショップを行っていた二人のもとを訪ねた。

 ALTはじまり:公園のベンチで向かい合って話す石井さんと高橋さん。自然の緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の一枚。ALTおわり

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“ブラインド”という視点

二人の出会いは、2020年開催のイベント「ナナナナ祭」。高橋が制作した、見えない・聞こえない・話せない状態で新しいコミュニケーションを模索する「未来言語」ワークショップだった。


「ひとりだけ、ワークショップを度を超えて楽しんでる人がいて。その光景を見て、仲良くなりたいなと思って、僕から話しかけに行ったんです。それが石井さんでした」(高橋)


目が見えないことを“マイナス”としてではなく、新たな世界への入口として受け入れていた石井。その姿に、高橋は深く惹かれたという。


当時、ダイアログ・イン・ザ・ダークに所属し、視覚を遮った体験を通して「見えない世界」を伝える活動に携わっていた。その後、独立した石井は、「ブラインドコミュニケーター」としてワークショップや講演、ラジオ番組のパーソナリティーなど活躍を広げていった。


「見えない」ことを逆手に取り、それをクリエイティブな視点へと昇華させる世界の見方そのものをアップデートしていったのだ。


その「視点」こそが、高橋と共鳴する部分だった。

高橋は、当時働いていた広告会社時代に出会った視覚障害者との会話をきっかけに、点字と文字が一体になったユニバーサルな書体『Braille Neue(ブレイルノイエ)』を発明。その後、指先でコミュニケーションする触覚ゲーム『LINKAGE』など、高橋は異なる背景を持つ人とコミュニケーションするツールを発明してきた。

彼がものづくりに向き合う動機はシンプルだ。「どうやったら人は仲良くなれるか」。

 ALTはじまり:カラフルなマットが敷かれたスペースで、テーブルを囲んで遊ぶ高橋さんと参加者の様子。高橋さんが発明した「YUBIBO」を使って、大人も子供も楽しそうに交流している。 ALTおわり

「初めて視覚障害のある人と出会ったとき、自分が何を言えばいいのか分からなくて。当たり障りのない言葉しか交わせなかったんです。人間が玉ねぎだとしたら、皮の部分でしか会話できませんでした」(高橋)


そういった経験から、高橋は“芯の部分”でつながるためのツールとして、ものづくりを捉えている。

"ブラインド"という視点を持つクリエイターと、その視点を面白いと捉えて、新たな「接点」を発明するデザイナー。

「目が見えないから一緒に遊べない」「耳が聞こえないから会話できない」──そんな“分断の前提”に、まずは疑問を投げかける。その境界線を越えることを課題解決と捉えるのではなく、むしろ“クリエイティブの余地”として発明する。二つの異なる「視点」が交錯するところで、新たなクリエイティブを生むのだ。

二人が共同で生み出した企画は、アイマスクをして音や触覚だけを頼りに迷路を進む『ノールック迷路』や目を瞑ったまま駄菓子を選ぶ『手探り堂』など。

 ALTはじまり:赤と白の幕の前に設置された駄菓子屋ブースで、石井さんが子どもたちと向き合って話している。高橋さんは後ろで様子を見守っている。ALTおわり

いずれも、感覚をあえて制限することで、異なる立場や感覚を体感できるよう設計されているのが特徴だ。

「自分の中に新しい視点をインストールするというか。ほかの世界にある、いろんなパースペクティブを楽しむと、相手のことを想像する余白ができていく感じです。それがすごく楽しいから、ものづくりを続けていこうかなと思っています」(高橋)

それは障害者支援や健常者への啓発といった堅苦しいものではない。見えない世界を「遊び」として共有するための発明なのだ。

 ALTはじまり:木々に囲まれた屋外で、ベンチに座った石井さんと高橋さんが向かい合って微笑んでいる。背景には公園を歩く人たちが小さく映っている。ALTおわり

02 / 04

「見える」デザイナーと
「見えない」クリエイターの共創

2021年に石井が「ブラインド・コミュニケーター」の肩書きで活動を始めた頃、石井は高橋にとある依頼をした。

「自分の活動を伝える『器』としてWebサイトを作ってほしい」


きわめて視覚的な表現であるWebサイトを、「見える」デザイナーと「見えない」クリエイターがいかに協業して作るか。試行錯誤が始まった。


このプロジェクトは「要件定義→デザイン→実装→確認」といった通常のプロセスではなく、まず互いの感覚をすり合わせていく形式を取った。

高橋のセンスや人となりを「100%信頼していた」と語る石井は、抽象的なイメージだけを言葉で伝えて、すべての視覚的なデザインを高橋に任せた。


「僕が生まれ育った館山の家はビーチまで歩いて3分で、目が見えていた頃は海の風景が好きだったんです。潮が満ち引きしていて、朝のキラキラした感じと、夜の静かな感じの両面がある。青っぽい雰囲気がいいなと思いながら、僕のイメージを伝えていきました」(石井)

 ALTはじまり:ベンチに座って向かい合い、会話をしている2人。手前に座る高橋さんはぼんやりと映り、奥に座る石井さんが話している様子がはっきり写っている。ALTおわり

このイメージを、高橋は「目に見える」形へと翻訳。サイトの背景色を白と黒(実際には濃い青)に切り替えられる、「昼夜モード」をデザインに落とし込んだ。「今日は爽やかな気分だから朝の海にしよう」「今は集中したいから夜の静かな海にしよう」──石井のイメージした世界観を、情緒として体感できるデザインへと落とし込んだのだ。

また「情報構造」という論理的な側面においても、この協業はユニークな発見をもたらす。

視覚的な確認ができない石井に対し、高橋はデザインの意図やサイトの全体像を言葉で説明する必要があった。

「サイトは1階建てのシンプルな構造です」

「このボタンを押すと、この情報がある別の部屋に飛びます」

高橋は、デザインの骨格を丁寧に言語化して共有した。

「こうしたプロセスを経た結果、とても綺麗な構成が書けたという手応えがあったんです。『言葉で説明しやすい』ことは、デザインにも生きるという発見でした。

さらに言えば、アクセシビリティは、かっこよさを犠牲にしてやるものというイメージがあったのですが、構成を言葉で説明する中で頭が整理されて、シンプルで美しいデザインへと落ち着いていったんですよね」(高橋)

 ALTはじまり:木陰のベンチで、奥に座る高橋さんが腕を組みながら少し上を見上げている。手前に座る石井さんは横向きに写っており、穏やかな時間の流れを感じる。ALTおわり

見えない人に伝えるため、あるいは読み手の負担をなくすために丁寧に言葉にしていく。そのプロセス自体が、不要な複雑さを削ぎ落とし、デザインの“芯”をくっきりとさせたのだ。


「見えない人を前提にする」ことはデザイン上の制約ではなく、誰にとってもわかりやすい構造とは何かという本質をあぶり出すフィルターとして機能したのである。

 ALTはじまり:緑の多い公園を並んで座っている石井さんと高橋さん。人物に軽いボケがあり、周囲の木々の鮮やかさが際立っている。ALTおわり

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「ALT」に、そっと作り手の遊び心を添えて

石井と高橋が制作したWebサイトのユニークさを象徴しているのが「ALT(代替テキスト)」だ。


一般的にアクセシビリティとは、「利用可能な状況の幅広さ」を意味し、高齢者や障害のある人を含め、誰もが製品やサービス、情報、環境などを利用できる状態を指す。ALTも、アクセシビリティを支える重要な要素の一つだ。


「ALTとは、見えない写真の内容を、言葉で伝えるためのものです。僕のように目が見えない人は、スマートフォンなどでスクリーンリーダー(音声読み上げ機能)を使っています。


ただ、写真や画像の場合はALTがないと『イメージ.jpg』といったファイル名を読み上げてしまうんですね。そこにたとえば『青空の下でボールを追いかける子供の写真』といったALTテキストが入ると、写真の情景を思い浮かべることができる。ALTは、見えない写真を、言葉で見えるための仕組みなんです。」(石井)


すなわち視覚に障害がある人にとって、ALTがない写真は「見えないもの」「存在しないもの」に等しい状態になる。


一方で、石井と高橋が考えるALTの価値は、それだけにとどまらない。


“情報保障としての役割”を十分に理解したうえで、作り手ならではの見え方を言葉として添えることに可能性を感じている。

だからこそ、このサイトのALTには、少しだけ遊び心が紛れ込んでいる。たとえば、石井のプロフィール写真をスクリーンリーダーをオンで読むと、以下のような音声が流れる。


「床に右膝を抱えて座る石井。カメラ目線が苦手なのか、全然違う方向を向いている。」


写真の裏側にある「心情」を、ALTに描く。高橋はこの工夫を、石井の世界を届けるための小さな仕掛けと捉えている。


「ALTの使い方は、石井さんがSNSで発信していた『#ブラインドジョーク』からも着想を得ています。見えないからこそ生まれる、石井さんのユーモアや人柄をサイトのなかでどう表現できるか考えていたんです。

なので情報保障としてのALTの役割は押さえつつ、余白にそっと遊び心を忍ばせる気持ちで設定しています。すべての画像に対応できているわけではありませんが、一つずつ石井さんと相談しながら表現しました」(高橋)

ALTを機能として整備するだけでなく、感覚やユーモアを分かち合うための、もう一つの表現方法として捉える。

それは、ともすれば「配慮」や「義務」という言葉で語られがちなアクセシビリティに対する、二人らしいクリエイティブだった。

 ALTはじまり:緑に囲まれたベンチで、石井さんと高橋さんが並んで座り会話している。柔らかな日差しの中、落ち着いた雰囲気の写真。ALTおわり

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完璧を目指さない“生煮え”のスタンスで

二人のセッションを支える根底にはルールがある。それは「完璧を目指さない」というスタンスだ。


「僕たちが言う“ちゃんと”って、6割ぐらいのことなんだよね。ガチガチにやっちゃうと、遊び心がお互い出てこなくなります。僕たちは遊び心から企画してますからね」と石井は笑う。


高橋も続けて語る。


「昔は僕も『仕事はもっと真面目にやらねば』と思っていましたが、石井さんと壁打ちするようになって変わりました。石井さん相手だと、こんな投げてもキャッチしてくれるんだ、というのが心地よくて」

 ALTはじまり:公園のベンチに並んで座り、笑顔で談笑している石井さんと高橋さん。落ち着いた緑の背景の中、和やかな雰囲気が伝わる。ALTおわり

この「60点でまず出す」というスタンスは彼らのWebサイトにも貫かれている。高橋はこのサイトを「完成形だとは思っていない」と語るが、Webサイトもまた“生煮え”の状態で公開された。


しかし、それは雑に作るという意味ではない。一度かたちにして公開し、実際の利用者の声を聞きながら少しずつ直していく。そんなプロセスが、今も続いている。


石井は、公開してみて初めて感じたことがいくつかあったという。


「まず、Webサイトという『看板』が出ていることで、問い合わせフォームからすごい問い合わせをいただくことが増えました」


SNSだけで情報が完結しがちな今、あえて「自分の世界観をしっかりと表現できるwebサイト」を持つこと。それが「ブラインドコミュニケーターとは一体何をしている人なんだろう」という問いへの、明確な答えとして機能したのだ。


さらに石井は続ける。


「言い方は難しいですが、失礼な問い合わせはないんです。あの雰囲気の中で、雑なオファーは来ないんですよね。それはきっと、Webサイトがひとつフィルターになってくれているんじゃないかな」


高橋が「アッパーかチルかで言ったら確実にチルな方」と語った、二人の穏やかな「バイブス」。その世界観がデザインや言葉の端々に滲み出た結果、サイト自体が共鳴する相手だけを引き寄せる「フィルター」として機能し始めたのだ。


さらに、意図しなかった「接点」も生まれた。視覚障害当事者からのメッセージをもらうことが増えたという。


「実際に見えない人がサイトにたどり着いて、メッセージを送ってくれる。それ自体が、アクセシビリティがきちんと機能している証左というか。それが、すごく嬉しいですね」(石井)

 ALTはじまり:TBS主催のイベント「地球を笑顔にする広場2025秋」の屋外会場で、多くの来場者が行き交う中、黒いダウンジャケットを着た高橋さんと、グレーのフリースを着た石井さんが会話しながら立っている。テントが並ぶ明るい雰囲気の通り。ALTおわり

Webサイトには「読みづらいとか見にくいみたいなことがあったら、優しく教えてください」という一文も添えられている。


“完璧ではないこと”を前提に、他者が関われる余白を残す。


その“ゆるさ”こそが、彼らがデザインする「良い加減」という関係性の在り方なのだ。


「僕らのクライアントって、このゆるさを一緒に楽しんでくれる人が多いんですよ」(石井)


見える世界と、見えない世界。人と人との関係性を生み出す『接点の発明』を軸に出会ったふたりは、これからも異なる世界への視点に橋を架けていく。

 ALTはじまり:公園のベンチで笑い合う石井さんと高橋さん。リラックスした表情が写されており、自然の中での穏やかな時間が伝わる。ALTおわり

baigie inc.

高橋 鴻介(Takahashi Kosuke)

発明家 / プロダクトデザイナー

1993年、東京生まれ。『接点の発明』をテーマに、人と人の間につながりを生み出すためのプロダクトを制作している。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、電通に勤務。その後、2022年に独立。主な発明品に、点字と文字が一体になった書体『Braille Neue』、触覚ゲーム『LINKAGE』、オンラインで競い合える『ARゆるスポーツ』など。

https://ootori.co/

石井健介(Ishii Kensuke)

ブラインド・コミュニケーター

1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。ダイアログ・イン・ザ・ダークでの勤務を経て、2021年からブラインドコミュニケーターとしての活動をスタート。見える世界と見えない世界をポップに繋ぐためのワークショップや講演活動をしている。また2012年からセラピスト活動を開始。自然体でニュートラル、自分の内側にある静けさと穏やかさを見つけるための水先案内をしている。

https://kensukeishii.com/

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