Special Interview第一線で活躍するデザイナーに学ぶ、
ブランドの「らしさ・ありたい姿」を
体現するフォント選び

“狭い選択肢の中でしかフォントに触れない状況は、美意識やひいては文化の低下を招く懸念がある。STUDIOが扱う豊富なフォントに触れることは、審美眼を磨くことにも繋がるのではないか”

宇都宮勝晃

Shhh inc. Co-Founder / Designer

仏師への師事後、Webプロダクションへ所属しディレクション業務に携わる。2013年に38歳からデザイナーへ転身。フリーランスのデザイナー活動を経て、2019年にデザイン会社 Shhh inc.を共同設立。Awwwards SOTD、CSS Design Awards WOTD、FWA FOTD、日本タイポグラフィ年鑑、など受賞歴多数。

Google Fonts・TypeSquareのバリエーション豊富なフォントが利用可能なノーコードWeb制作プラットフォーム『STUDIO』。2024年4月には、フォントメーカー Monotypeとフォントワークス株式会社が運営するWebフォントサービス『FONTPLUS』が提供する500種類以上のフォントを新たに追加し、合計7,600種類以上のフォントが使えるようになることを発表した。

デザインの質に大きな影響を与えるフォント選び。選択肢が増えることで表現の自由度が高まる一方、選択の難しさ、組み合わせの難しさに頭を悩ませるデザイナーもいるかもしれない。そこで今回、デザイナーの宇都宮勝晃氏へインタビュー取材を依頼。フォントが担う役割や選定する上での具体的な手順、フォントに対するこだわりなどを聞いた。

フォントの役割は「ふさわしい声のトーン」を体現すること

Shhh inc.の共同創業者でありデザイナーの宇都宮氏は、日本美や自然美、思想といった、世界観を手繰り寄せるようなアプローチを自社サイトや自身のポートフォリオの中で展開している。独自のこだわりを織り交ぜたデザインプロセスが際立つ宇都宮氏にとって、フォントとはどのような意味を持つものなのか。

「私たちデザイナーは多くの場合、ブランディングと呼ばれる企業活動の「一部」を担っています。ブランドの意思を正しく理解し、ロゴや文字、色、レイアウトなどの視覚要素を用いて変換し、表現していく。つまり、ブランドの視覚化あるいは体験化の担い手という役割があるわけです。こうした立ち位置がある上で、欠かせない重要な要素の一つがフォントである、というのがフォントに対する考え方のベースと私はなっています」

宇都宮氏はフォントの意味合いをクライアントへ説明する際、言葉を語る声のトーンのようなものなのだと伝えている。例えばそのブランドが語る声の印象は、力強いのか繊細なのか、若々しいのか落ち着いているのか……。人間も同じように、本人のパーソナリティに応じた話し方やトーンの強弱がある。そこに違いがあれば違和感を覚えるはずだ。

これらを踏まえた上で、とりわけWebフォントの重要性を語るには、メディアの特性も考慮する必要があるのでは、と話を続ける。

「Webで表現をする場合、映像やサウンド、インタラクションなどは重要な要素です。しかし、情報伝達という目的がメディアの特性上、多くを占める事を考慮するなら、やはりテキストの存在は欠かせません。読むという行為がユーザー体験の多くを占めてくるわけです。すると、デザインをする上でフォントのプライオリティも必然的に高まってきます」

また、目指すブランドのトーンが方向性として絞られていくなかで、文字が中心となるWebメディアの特性上、土台となるフォントを先に決めていくと、レイアウトや配色なども定まりやすくなるのだという。Webデザインにおけるフォント選びには、このような意味合いも含まれていると宇都宮氏は強調した。

抽象から具体へ。フォント選びで重要な4つの手順

では具体的に、フォントはどのように選べば良いのだろうか。選定手法として説明があったのは、次に示す4つのポイントだ。

  1. ブランドの「らしさ」

  2. ブランドの「ありたい姿」

  3. フォントの「系譜」

  4. フォントの「トレンド」

加えて、これらは逆ではなく抽象から具体へと上から順のステップで踏むことが重要だと宇都宮氏は補足する。その理由については、個々の定義をまず理解することが近道になりそうだ。

「1つ目のブランドの “らしさ” とは、過去から現在までに形成・蓄積されてきた記憶であり、どのような印象でそれが捉えられているかを表す、いわばブランド人格のようなものです。これが出発点となります。ただしこの視点だけでは不十分。ブランドが未来に対して描く、意思や願望、つまり “ありたい姿” も正しく理解したうえで、半歩先の未来に向けてブランドが今より前進していくような、いわば “背伸び” させるような具現化が必要となってきます。これが2つ目の視点である“ありたい姿” です。言い換えると“らしさ” への納得感があるだけでなく、未来に向け自分たちの姿勢が正され、自然と温度が上がってくる“ありたい姿” への視点からも、私たちはフォント選定をはじめ、デザインをしていく必要があるのです」

ブランドの、らしさ・ありたい姿を言語化する際には、プロジェクトの初期段階からデプスインタビューやフィールドワーク、ワークショップを通じて一次情報を集めることに注力するという宇都宮氏。その過程から浮かび上がる目指すブランドの輪郭を絞り込み、徐々にその精神性を精緻化させていく。

ここまでの工程を終えると、次はブランドの人格や精神性にフィットしたフォントを選ぶ段階、つまりフォントの “系譜” を辿るフェーズへと移行する。

写真:ソファに腰掛け、身振り手振りで説明する宇都宮氏

「欧文フォントは特にそうなのですが、フォントが生まれた時代によって、ストロークの角度や線の強弱、スタイルなどに特色がみられます。ローマン体ならセリフの遍歴を見ていくと時代感が分かりますし、サンセリフ体なら、ヒューマニスト、ジオメトリック、スイススタイルなど代表的なスタイルの違いがあったうえで、そこからの系譜があります。その国らしさを表すフォントもありますし、タイプデザイナーによっても違いがありますよね。このような系譜を見ていきながらそのブランドの “らしさ” と“ありたい姿” とを照らし合わせていく。そうすると、先程の例で話したような「どんな声のトーンがそのブランドにとってふさわしいのか」が段々と見えはじめ、選ぶべきフォントの的が絞られていくはずです。」

最後に4つ目の視点として、宇都宮氏はフォントのトレンドにも言及した。系譜とはフォントの過去に目を向けたものであるのに対し、トレンドは “現在” に注目したアプローチとなる。これまで言語化を進めてきた、ブランドのらしさ・ありたい姿に合致しながら、かつユニークなフォントをアクセントとして使うことで、そのブランドならではの視覚的な独自性が飛躍的に高まることもあると説明した。

「ここでは同時代のタイプファウンドリーを日々どれだけ多くインプットし、頭の中でストックされているか、が左右します。良いインプットが良いアウトプットを作る、を合言葉に楽しみながら定期的にチェックするようにしています」

ここまでの4つのポイントを押さえながら、実際には大量のパターンによる比較と検証によって、ふさわしいフォントを絞り、選んでいく。ここには近道もスマートな方法もなく、この地道な作業をいかに粘り強く続けられるかが、ブランドの姿を体現する精度の度合いを決める分かれ道になると宇都宮氏は語る。幸いなことに、粘れば粘った分だけ目は養われ、その結果はデザインのクオリティとして必ず反映されていく、とも付け加えた。

「検証に検証を重ねた上で生まれるクオリティの差は、私自身の仕事を通じても実感していますし、世の優れた仕事を拝見していても証明されていると感じています。地道な部分ではありますが、恐らく第一線で活躍されている優れたデザイナーの方々は、当たり前のように実践されている事ではないかとも想像しています」

知識を積み重ね、フォント選定の難しさと付き合う

ところで、フォントを活かしたデザインを考える際に、異なるフォントスタイルを組み合わせた表現方法に悩んだり、日本人が欧文フォントを使うことに難しさを感じたことはないだろうか。その点について宇都宮は、いくつかのヒントを披露してくれた。

「どんな状況でそのフォントが使われたことがあるのかを探ると、意外な発見と出会えることがあります。参考として今回は『Fonts In Use』というサイトを見ていきましょう。このサイトからはWebに限らず、書籍やCDジャケット、看板などのグラフィックを通じ、様々なフォントスタイルの組み合わせ例を知ることができます。それによりフォントを単体で眺めた時とは異なる印象の出会いがあるはずです。組み合わせ方に関しても様々なインプットを積み重ねることは、表現の幅の広がりに繋がっていくと考えています」

スクリーンショット:Fonts In Use

では、日本人として欧文フォントを扱う上で、海外のデザイナーから見ても違和感がないデザインのためのコツは何だろうか。例として挙げたのは、海外のクリエイターが制作した “日本を舞台とした映画やグラフィック” だ。日本人の自分たちから見て、文字の扱い方に明らかな違和感を覚えたことはないだろうか、と宇都宮氏は投げかける。

「言語が異なる文化圏の作品を作る際、これは往々にして起こることです。私たちも欧文フォントを使う際には、同様の過ちをおかしている可能性が高いと思っていいでしょう。そのため文字を中心とした英語サイトを作る時には、とても緊張します」

そう話す宇都宮氏だが、過去の実績では欧文フォントを主役としたサイト『Analogue Foundation』を制作し、Web制作における世界3大アワードであるAwwwards、FWA、CSS Design Awards全てを受賞した経歴を持っている。

スクリーンショット:Analogue Foundation

それでも本当に海外の方が見た時に耐えられるクオリティとなりえているのか、については自分には正しい知識を持っていると自信を持って言う事は決してできない、という前提に立っています。そう話す宇都宮氏は、自身の学ぶ努力が足りていない事に謙虚な態度をみせた。トップクリエイターになればなるほど、知識に厚みを持たせるための姿勢が、大きなアウトプットの差へと繋がるのかもしれない。

良質な選択肢の広がりは、より感性を養い文化を豊かにすることにつながる

今回、『FONTPLUS』が提供する500種類以上のフォントが新たに『STUDIO』に追加されることが決まった。この発表を受けて宇都宮氏は、自身がもっとも大切に扱っているフォントが『STUDIO』でも使えるようになったことが嬉しい、と笑みを浮かべた。

「私にとって特別なフォントの一つに、筑紫Aオールド明朝があります。特にハネとハライに見られる筆の運びの伸びやかさが気持ち良く、文字を打ち、配置すると、ピシッ!と音が聞こえてくるかのような印象があって。自社サイトはもちろんのこと、会社案内資料や名刺、講座の資料などでも使用しているくらい、私自身を正しい佇まいに戻してくれるような、らしさ・ありたい姿が体現されているフォント、「筑紫Aオールド明朝=宇都宮」と言ってしまいたいくらい自分自身にフィットしていると感じているフォントです」

筑紫Aオールド明朝の書体形状サンプル

そう語る宇都宮氏は、ブランドのらしさ・ありたい姿を精度高く視覚化していくためには、やはりフォントが果たす役割は大きいと力を込めた。

一方で、クライアントの立場になれば、無料で使えるフォントでも十分では……と思う気持ちももちろん理解できるという。だからこそデザイナーは、お客様にフォント選定の理由について言葉の限りを尽くして説明する必要があると続けた。

「一般的なフォントや無料のフォントなど、幅の狭い選択肢の中だけでしかフォントに触れる機会がない状況。そうした状況は個人の美意識の低下や、ひいては文化の貧しさすら招いてしまうのではないかという懸念が私にはあります。自分たちが情熱を持って提供しているはずの自社ブランドに対して、フォント一つにも目を配れない意識が当たり前の風潮となってしまうなら、それらが普及する社会の文化も必然的に貧しいものとなってしまうのではと想像するためです。フォント選びに関する理解を促し、啓蒙していくことは、デザイナーの責任だとなるべく考えるようにしています」

自身のデザイナー観に触れたのち、改めて『STUDIO』に新たなフォントが導入されたことは、業界的にも良いニュースだと宇都宮氏は話す。

「人は選択肢が広がり良いものに触れることで感性が目覚め、養われていくんですよね。今回の新フォント導入をきっかけに、より多くの良質なフォントを目にする機会が、デザイナーはもちろんのこと、STUDIOを導入される企業の方々にも増えていきます。その結果、フォントへの審美眼が少しずつ養われていき、ブランドを高精度で視覚化していく事への意識がさらに磨かれていけば、長期的にはより豊かな表現が増えていく事につながっていく。その先に、日本のデザインや文化がより豊かになっていく未来の可能性もあるかもしれない。とても有意義で楽しみなニュースだと思っています」

宇都宮勝晃

Shhh inc. Co-Founder / Designer

仏師への師事後、Webプロダクションへ所属しディレクション業務に携わる。2013年に38歳からデザイナーへ転身。フリーランスのデザイナー活動を経て、2019年にデザイン会社 Shhh inc.を共同設立。Awwwards SOTD、CSS Design Awards WOTD、FWA FOTD、日本タイポグラフィ年鑑、など受賞歴多数。

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