Interview
FULLER
2025.12.24
分業化への問い。フラーが選ぶ「統合型デザイナー」とAI時代のものづくり
2025.12.24

Profile

櫻井 裕基
取締役CDO(最高デザイン責任者 Chief Design Officer)
2025年7月、東証グロース市場への上場を果たしたフラー株式会社。
スノーピーク、東急、銚子丸など数多くのナショナルクライアントの公式アプリを手がけ、社内には「フラーデザイン」というデザイン組織を持つ。外部から見れば、まぎれもなくデザインに強みを持つ企業だ。
しかし、取締役CDOの櫻井裕基は、「デザイン会社ではないフラーだからこそ、できることがある」と技術の重要性を強調する。その根底にあるのは、高専出身の創業メンバーたちが持つエンジニアリングへの敬意と「デザインだけでは本当に良いものは届かない」という冷静な視点だ。
そして、分業化がスタンダードであるWeb業界において、フラーはあえて一人のデザイナーが上流から実装までを担う「統合型デザイナー」を提唱する。
その背景には、AIの台頭によって職能の境界が融けゆく未来を見据えて「どんな環境でも価値を発揮し続けられるように」とメンバーのキャリアを考える、経営陣の温かい眼差しがあった。
フラーが描くエンジニアリングとデザインの境界線を引かない組織論と、AI時代のデザイナーの生存戦略について聞いた。

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デザイン“が”大事ではない、デザイン“も”大事
「フラーはデザイン会社ではありません。あくまで『ものづくり』の会社なんです」
インタビュー冒頭、櫻井はそう切り出した。
フラーの創業メンバーはみな高専出身。彼らのDNAには技術へのリスペクトがある。だからこそ、この会社ではデザイナーとエンジニアが対等な関係にあるという。
「よくBTC(ビジネス・テクノロジー・クリエイティビティ)と言われますが、僕らはもっとシンプルで泥臭い感覚を持っています。つまり、良いものを届けるためには、何かひとつが欠けてもダメだということ。だから僕らは『デザイン“が”大事』とは言いません。『デザイン“も”大事』なんです」
どんなに洗練されたUIでも、毎日落ちるアプリは使われない。逆にどんなに堅牢なシステムでも、使いにくければ人の心は離れていく。良いものづくりは、そうした天秤の上に成立するのだと。
「よくあるケースだと、社内でデザイン組織の発言力が強くなったり、開発会社であれば開発組織が強くなったりするんですよ。でも、フラーは『良いものづくりをする』という創業者たちの想いをずっと大切にし続けているから、組織内を見てもエンジニアとデザイナーが本当にフラットなんです。これは後から重要性に気づいても、作り直すのがなかなか難しい文化なんですよね」
少数精鋭のデザインスタジオでも、良いものづくりはできる。だが、フラーは組織を拡大する道を選び、上場を選んだ。
それは彼らが、たったひとつのアプリでも「業界の景色」を変えられる可能性を知っているからだ。
「わかりやすい例が銀行アプリです。かつては使いにくいのが当たり前でしたよね。しかし、ある一行が素晴らしいアプリを出し、それが評価されると、競合他社も『うちもやらなきゃ』と追随した。結果、業界全体の品質基準(ベースライン)が一気に上がったんです」
良いものがひとつ世に出れば、それがスタンダードになり、社会が変わる。
「デジタルプロダクトの領域は、作ってからが本番。ずっと子供のように面倒を見てあげて、育て続けていかなければならない。より多くの人に良いものを届け、業界全体の基準を変えていくためには、個人技だけでなく『組織としての力』が必要なんです」
だが、組織の拡大は同時にリスクも孕む。
30人規模の頃は「阿吽の呼吸」で担保できていたクオリティも、人数が増えればその暗黙知は通用しなくなる。
「みんな素晴らしいものをつくっているけれど、バラバラでした。このままでは、フラーのデザインとして何が正解なのか、大切にすべき基準が言語化されないまま、ただ組織だけが大きくなってしまう。そんな危惧がありました」

そこで2022年、櫻井は旗印として「フラーデザイン」という組織を発足した。これは対外的なブランディングであると同時に、中にいるデザイナーたちが自分のキャリアに迷わないための「道標」をつくる作業でもあった。
「僕は、うちのメンバーには食いっぱぐれてほしくないんです。もし将来フラーを卒業することになっても、どこでも生きていける強い人材であってほしい。
属人化したままだと、その人は『フラーのやり方しか知らないデザイナー』になってしまいます。他社や市場と比べたときに、自分の現在地がわからなくなってしまう。
そのために『フラーのデザインとはこれだ』という基準を明確にし、市場価値と照らし合わせられるようにする必要がありました」
デザイン会社と名乗らない会社が、あえて定義した「デザイン」の形。それは、職能の壁に守られた狭義のデザインではなかった。

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分業が生む「文脈の希釈」に抗う
「Webデザイナー」という職種が生まれた1980年代から、業界は長い時間をかけて分業化の道を歩んできた。
2007年のiPhone登場以降、その流れは加速する。アプリ開発の規模は肥大化し「UIデザイナー」「UXデザイナー」「グラフィックデザイナー」と、職能はタグ付けされながら細かく切り分けられていく。
大規模なプロジェクトにおいて、専門特化したチームによる分業は、効率と品質を両立させる前提として広く共有されている。それぞれの領域に深く向き合うことで、アウトプットの完成度が高まると考えられているからだ。
しかし、その過程で、ものづくりにとって大事なものが失われているのではないか。櫻井は「フラーデザイン」の発足時からそうした問いを抱いていたという。
「工程を分ければ分けるほど、作り手と目的の距離は離れていきます。コンテクスト(文脈)が薄まっていく、いわば『伝言ゲーム』のような状態になってしまうんです」
PMが要件を決め、UXデザイナーが画面設計をし、UIデザイナーが色を乗せ、グラフィックデザイナーがアイコンを描く。バトンが渡されるたびに「なぜこれを作るのか」「誰のために届けるのか」という当初の熱量や意図は少しずつ削ぎ落とされ、工程が進むにつれて「指示されたから作る」という作業に変わってしまう。
そこでフラーは、あえて「分けない」道を選ぶ。
ビジネスの要件定義から、UIの設計、グラフィックの仕上げまで。一人のデザイナーが、あるいは少数のチームが、領域を横断して一気通貫で担当する。「なぜ」を知っている人間が手を動かすからこそ、迷いがない。文脈を理解しているからこそ、細部にまで魂が宿る。
「スキルがある外部の人間に『餅は餅屋』と何かを依頼することは簡単かもしれません。しかし『なぜこれが必要なのか』というビジネス上の文脈や、ユーザーの解像度が最も高いのは、クライアントと直接やり取りしているデザイナーです。
だからこそ、熱量を保ったままユーザーの手元まで届け切るために、職能を分断しない『統合型』のデザインこそが僕たちにとっては最適解なんです」
もちろん、一人の人間がすべての領域でプロフェッショナルであることは難しい。櫻井も「例えば、アプリで必要なイラスト制作をデザイナーにお願いすることもある。だが、全員に『イラストも描けるようになれ』と言っているわけではない」と補足する。
重要なのは、スキルを網羅することではなく「職能の境界線を自分で引かない」というスタンスだ。

「みんな得手不得手があります。例えばイラストが苦手だったら、社内の絵が得意なデザイナーをアサインする。ただ、その人はあくまで『デザイナー』としてアサインして、『イラストレーター』という別職種としては扱わない。それぞれの個性を許容し合いますが、そこに職種の壁は作らないんです」
この姿勢に最も近い言葉があるとするなら「デジタルプロダクトデザイナー」だと櫻井は言う。
UIもUXもグラフィックも、場合によってはエンジニアリングの知識も含めて、プロダクトを良くするために必要なことは全部やる。自分の守備範囲を限定せず、隣にいるエンジニアの事情も想像して「こう作れば実装しやすいですよね?」という配慮ができる。
境界線を引かないデザイナーたちが、コンテクストを断絶させず、熱量を保ったままプロダクトを作りあげる。それが、フラーの考える「ものづくり」の源泉なのだ。

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ツールは「筆」にすぎない。変化の時代のキャリアと生存戦略
だが「統合型」のような広範な領域をカバーするデザイナーを、フラーではどのように評価しているのか。
櫻井が挙げたのは「Illustratorが使える」「Figmaが得意」といったツール依存のスキルではない。時代や環境が変わっても陳腐化しない、もっと根源的な力だ。
「理解する力、設計する力、表現する力、伝える力。この4つさえあれば、どんな時代でも戦えます。たくさん存在するツールは、その中の『表現する力』を補完する道具に過ぎません」
ビジネスやユーザーの課題を理解し、解決への道筋を設計し、最適な手段で表現して、エンジニアやクライアントに伝える。このサイクルを回せる人間は、使う道具が変わっても価値を出し続けられる。
こうした文脈において、Studioもまた、数ある道具のひとつとして位置づけられる。フラーでは、アプリのサービスLPやコーポレートサイト制作において、スピード感と表現力を両立する手段としてStudioを活用するケースが増えているという。しかし、それは「Studioしか使わない」ことを意味しない。
「かつてAdobe一強だった時代から、Figmaが標準になり、今はStudioのようなノーコードツールも選択肢に入ってきた。筆は時代とともに変わるんです。重要なのは、その時々で『最もイケてる筆』を選んで使えることです」

Studioを使えることも武器のひとつ。だが大事なのは、何を使って描くかではなく、何を描くかであると。
「人間って、どうしても境目を作りたがりますよね。『私はライターだから』『デザイナーだから』と定義して、その境目の中で安心しようとする。
ただ、そうやって自分にタグを貼ることで、無意識に『こうあるべきだ』という枠に縛られて、その中でしか動けなくなってしまうんですよね」
タグの中で生きるのは楽だが、それは同時に「そのタグが通用しなくなった瞬間、自分の価値がなくなる」というリスクも孕んでいる。 職能やツールの定義は、常に流動的だ。
だからこそ、変化する「筆」に振り回されず、本質的な力を磨き続ける。それが櫻井の言う「食いっぱぐれない」ための生存戦略なのだ。

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境界線が融けた先にあるもの
近年の生成AIの進化は、クリエイティブの定義を根本から揺るがしている。
生成AIを使えば、誰でも「それっぽいもの」を一瞬で作れるようになった。平均的なクオリティのアウトプットは、もはや特殊技能ではなくなりつつある。
櫻井は、この状況を「面白い過渡期」と捉えつつ、だからこそ本質的なスキルを持つデザイナーの価値が際立つと語る。
「AIに指示を出すのも、AIが作ったものを評価するのも、結局は人間です。『いい感じのレイアウトにして』と頼んで出てきたものが、本当に優れているのかどうか。その審美眼を磨くには、色彩やレイアウト、デザインの4原則といった基礎知識が不可欠です」
作る作業の一部がAIに代替されたとしても、何を作るべきかを決め、最終的な品質を保証する責任は残る。むしろ、誰もが簡単に作れるようになったからこそ、その裏にあるロジックや意図を持つデザイナーの価値は高まっていく。
そして、AIに正しく意図を伝えることと、エンジニアに正しく仕様を伝えること。その本質は似ていると櫻井は言う。
フラーでは、デザイナーとエンジニアとの距離が極めて近い。一緒にランチを食べ、互いに遠慮なく意見をぶつけ合う中で、相手が何を求めているかを肌で理解していく。櫻井は、デザインシステムやデータの整理を「エンジニアへの配慮」だと表現する。
「エンジニアが見たときに迷わないデータ、実装しやすい構造。それは何かを縛り付けるためのルールではなく、受け取る相手への配慮なんです。そして面白いことに、この『人への配慮』は、そのままAI時代への適応にも繋がっています」
エンジニアにとって分かりやすい構造化されたデータは、AIにとっても読みやすい「マシンリーダブル」なデータとほぼ同義だ。
「構造を理解し、相手が扱いやすいように設計する力。これは、表面的な意匠を整えるだけの仕事からは生まれません。隣の領域にも関心を持ち、仕組みを理解しようとするスタンスがあるからこそ、AIとも協業できるんです」

インタビューの最後、櫻井は「良いもの」の定義について、穏やかに、しかし確信を持ってこう語った。
「本当に良いもの、愛着の湧くプロダクトって、境目がないんですよ。『ここからがデザインで、ここからが技術』なんて分かれていない。技術の凄みと使い心地の良さ、見た目の美しさが渾然一体となって融け合っているんです」
職能の壁、ツールと人の壁、デザインとエンジニアリングの壁。それらを取り払い、境界線を越えていくこと。「デザイン会社」という看板は掲げず、ものづくりに向き合い続けるフラーの姿勢は、これからの時代を生きるすべてのクリエイターにひとつの指針を示している。
「自分の中に境界線を引かない」。 その融け合った場所にこそ、人の心を動かす「良いもの」が生まれるのだから。

baigie inc.
櫻井 裕基(Sakurai Hiroki)
取締役CDO(最高デザイン責任者 Chief Design Officer)
1989年生まれ。新潟県出身。国立長岡工業高等専門学校卒業、千葉大学工学部デザイン学科卒業。2012年に共同創業者としてフラーに参画。「NHKキッズ」(第13回キッズデザイン賞受賞)、「なやさぽ」(2024年度グッドデザイン賞受賞)など数多くの案件を担当。長岡造形大学非常勤講師、千葉大学非常勤講師も務める。
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Editorial Team
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Interview & Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Photography by Tano Eichi



















