Interview
IT+
2025.05.28
ノーコードの「テンプレート制作」ビジネスは、デザイナーの仕事をどう変えるか?
2025.05.28

"収入の柱が増えて理想的なポートフォリオになっていることで、時間的にもお金的にも、会社の土台に投資できる余力が生まれています"
野口和央×溝口耕太 (IT+)
クライアントワークだけでなく、自作のテンプレートを“プロダクト”のように販売して継続的な収入を得る──ノーコードの普及に伴って、Web制作に携わるデザイナーに新たなビジネスモデルが選択肢として広がりつつある。
それを会社経営に上手く取り込んでいるのが「Studio Design Award 2024」でグランプリを受賞したWebサイト「旅と仕事と」の制作を手がけたアイティプラスだ。
同社は、Web制作の受託で培った知見と高い技術力をもとに「Studio Store」でオリジナルテンプレートを販売し、Storeリリース以降の累計販売件数で1位を記録。とくにマーケティング会社の需要を意識して作り込んだ「THEマーケティングカンパニー」は、数百人からダウンロードされ、現在も販売数を伸ばし続けている。
本記事では、Studio代表取締役CEOの石井が聞き手を務め、アイティプラス代表取締役CEOの野口和央とアートディレクター兼デザイナーの溝口耕太のふたりと対談。テンプレートビジネスの実情や可能性、今後の展望について語った。
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テンプレートビジネスの実情──
高単価でもニーズを捉えれば売れる?
石井:いきなりお金の話ですが、アイティプラスのテンプレート累計売上は2024年末までの集計で1,000万円近い売上が出ているんですよね。この数字、すごくないですか?。
溝口:最初は「年に10個くらい売れれば十分」程度に考えていたんですが、気づいたら想像を遥かに上回る数が売れていて。これまでにテンプレートは全部で4種類公開しているんですが、その中でも「THEマーケティングカンパニー」が圧倒的に好調です。
このテンプレートは「最も多くの人に使われそうなものをつくろう」と思って制作しました。最初は医療系と飲食系で2種類のテンプレートをつくっていたのですが、3つ目でこの発想に至りまして。そこから想像以上のヒットが生まれました。
石井:しかも、アイティプラスが販売するテンプレートは結構高めの価格帯ですよね。
溝口:だいたい2.5万円くらいですね。当時は「Studio Store」のリリース直後で平均価格がわからなかったので、プライシングに悩みました。でも、他のCMSでは3万円前後のテンプレートも販売されていたので、その金額を参考にしています。
医療のテンプレートは3.5万円くらいですが、その値段でも買う人はたくさんいる。それだけのStudioのテンプレートには価値があるという裏付けだと思いますし、僕としても非常にありがたいです。

野口:そういえば「Studio Store」リリース当初からの変更点として、テンプレートが売れるごとにメールで購入通知が来る仕様に変わりましたよね。
石井:そうなんです。メールが来るとすごく嬉しくないですか?僕も昔ECサイトを運営していたことがあるのですが、売れるかどうかわからないけど出品してみて「売れました」というメール通知が来た瞬間は、かなり嬉しかった記憶があります。モチベーションになりますよね。
溝口:かなり嬉しいです。
野口:エンドユーザーに直接販売できるD2Cならではのいいところですよね。やっぱりゼロイチで来た受注は嬉しいです。途中から「すごい売れ出してるね」という話になって、最終的には、月間売上が平均50万円ぐらい売れるようになりました。
溝口:月の売上が80万円ぐらいまで行くときもあります。
石井:世界一周、もう1回できそうですね。
溝口:いけちゃいますね。テンプレートの売上だけでも毎月収入が入ってきますし、フリーランスだったら本当にずっと回っていられると思います。
野口:我々の会社としても、テンプレートによってストック収入が生まれるのは助かります。僕が移動しつつ新規事業をつくったり、ビニールハウスを立てたりできるのも、毎月それなりに安定したキャッシュが入ってきてくれる影響はありまして。
収入の柱が増えて理想的なポートフォリオになっていることで、時間的にもお金的にも、会社の土台に投資できる余力が生まれていると感じます。

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「売れるテンプレート」の
金鉱を掘り当てるには?
石井:前回のインタビューでは、溝口さんがひとりでStudioを使うクライアントワークを担当して、全工程を単独で完結させると話していました。テンプレート販売においても、設計から作成まで溝口さん1人でやられてるんですか?
溝口:一人です。
石井:そうなんですか。じゃあ、溝口さんが「これがつくりたい」「これが売れそう」と思ったものをつくる?
溝口:はい、そうですね。たとえば「THEマーケティングカンパニー」は完全に売れるという僕の中での確信があって、そこを狙いにいきました。
というのも、アイティプラスはマーケティングやコンサルティング会社のクライアントが多いんですよね。そして、そういった領域の方々は、ノーコードを違和感や抵抗なく取り入れる傾向がある。スタートアップの方たちも同様に、積極的に使ってくれるケースが多いんです。
だとしたら、そのターゲットにとって最も使いやすいサイト構成や、必要なコンテンツが揃っている設計を落とし込んでテンプレート化すれば、きっと使ってもらえるんじゃないだろうかと。
石井:受託制作で数多く制作してきたからこそ見えるニーズがある。それをきちんと拾って制作したことが「売れるテンプレート」が生まれた背景にあると。
溝口:そうですね。むしろ実際に案件をこなしていない状態でつくるのは難しいと思います。本当にお客さんが必要なものは何かを考える際に、お客さんのニーズに対する肌感覚がないと想像できないので。

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クライアントワークがもたらした
運用知見。テンプレート設計は、
使いやすさを重視
石井:デザイン性へのこだわりだけでなく「使いやすい設計」をかなり意識されてますよね。「しまなみブルワリー」のサイトひとつとっても、カスタムコードはほとんど使わず、Studio標準の機能だけで素直に実装されているなと。
溝口:使いやすさはとても意識しています。カスタムコードを使うと表現は広がりますが、納品後にお客さん自身が更新していくことを考えると、最優先にすべきは運用しやすさになる。せっかくノーコードでつくって納品しても「運用できません」となると勿体ないですから。
これもクライアントワークで培われた感覚ですね。というのも、アイティプラスでは一度サイトを導入したあとは、基本的にお客さんの保守運用は受けていないんです。
石井:たとえば、アイティプラスが制作を担当した「尾道ラーメン しょうや」サイトも?
溝口:はい。自分たちで運用してもらっています。他の会社さんもすべて「自分たちで運用できるように」が目標です。
その分「コンテンツ編集モードを使うと文字を調整できます」「ニュースを変えたいときは、CMSのここを使えば更新ができます」といった情報を納品前にレクチャーするようにしています。実際、ほとんどのお客さんはそれで運用できているのが現状ですね。
テンプレートをつくる際も、クライアントワーク案件を数重ねる中で見えてきた、運用を想定した細かい部分を考えながら設計します。「更新頻度が高いポイントはどこか」「画像をどのように扱うべきか」「会社概要はどうやって管理するか」など。たとえば、お客さんは画像の比率を考えてトリミングはしないことが多いので、その前提でボックスを組んだほうがいいかな、とかですね。
石井:「THEマーケティングカンパニー」にテンプレート変更ガイドを掲載しているのもいいですよね。購入者自身で運用できるようにするための工夫や気遣いを感じます。
ここまでの話は「自分たちの知見を生かした得意分野の方が、お客さんの需要にきちんと当たるテンプレートの制作ができる」ということだと思います。そう考えると、まだまだ「売れるテンプレート」が生まれる余地はありそうですよね。
溝口:デザイン会社ごとにクライアントワークで得意な業種はみなさん違います。自分たちが得意とする業種のテンプレートをつくれば、最も間違いない設計ができるんじゃないかなと。
野口:私も同意で、クライアントワークを重ねている会社こそ、テンプレートをつくった方がいいと思いますね。私たちは自社事業もやっていますが、お客さんと仕事するからこそ学べることがたくさんあると感じます。インハウスとクライアントワーク、あえて二兎を追うことで自分たちのデザインの可能性が広がっている感覚もありますね。

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「テンプレートデザイン」の選択肢が
もたらすビジネス視点のメリット
石井:クライアントワークは以前からある仕事の形ですが、テンプレートデザイン、特にStudioなどノーコードのテンプレートデザイナーは、比較的新しい仕事の形・収益の生み方だと考えています。野口さんはビジネス面から見て、テンプレートを使ったWeb制作の普及にはどんなメリットがあると思いますか?
野口:僕はテンプレートの普及が、お客様側にとってのメリットが大きいと感じていまして。
特にスタートアップの事業立ち上げフェーズのようなお客様は、ゼロからデザイナーやWeb制作会社に依頼して作るとなると、それなりのコストがかかります。でも事業をはじめる最初の頃は中身が固まっていませんし、状況にあわせて変わっていくはず。それなら簡単にWebサイトを作成できて、運用もそこまで難しくないノーコードのテンプレートで素早く立ち上げてしまったほうがいい。
これは受託制作を仕事とする我々にはやや口にしづらいのですが……。最初から依頼いただくよりも、まずはテンプレートで立ち上げてちょっと運用してみて、CMSなどの感覚をある程度理解した上で「こうしたい」「ああしたい」と要望を出す方が精度が上がります。あるいは、事業がきちんと立ち上がって、軌道に乗り始めた段階で「もう1回綺麗にやり直したいから制作したいです」と依頼いただいた方が、双方にとって良いものがつくれると思うんですよね。

石井:地方の企業や団体では、きちんとしたWebサイトをつくる文化がまだ浸透していないと感じています。そういった人たちでも、テンプレートを使えばおしゃれなWebサイトを簡単に運用できるようになると思いますか?
野口:それこそ、Webサイトを簡単につくって運用できるメリットが大きいのは、営利団体に限らないと思うんです。子ども向けのスクールとか、スポーツ連盟とか。そういった直接的に大きなお金が動くビジネスではないところでも、まだまだ拡がる余地があるんじゃないでしょうか。
子育てしていて思うのですが、子ども向けスクールのWebサイトは本当に使いづらいしわかりづらくて。XやLINEには「次の練習はキャンセルです」といった通知が流れても、ホームページでは更新していないことも多いんです。そこまで値段が張らないテンプレートでも問題ないので、きちんとしたWebサイトをつくる文化が普及すれば、もっと楽になるだろうなと思います。

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好きなことに全力で打ち込めるように。
コミュニティや新たな経済圏が
広がった先にある世界
溝口:石井さんに質問なのですが「将来的にどうありたいか」といったStudioの未来像はありますか?
石井:まず、最終的にはStudioユーザーがボトムアップでどんどん豊かになって「Studioで生活してます」という人たちの経済圏が生まれるようになったら嬉しいなと思っています。Studioを使えることで、クライアントワークもできるし、テンプレートでストック収入も得られるイメージです。
そうすれば絵画や写真が好きな人がStudioで生活費を稼いで「絵を描くことに集中できました」「写真家にもなれました」と、本当にやりたいことに集中できるようになるかもしれない。そんな世界を実現するために、Studioが支援できるようになれたらと。
溝口:実際、いま僕はStudioでクライアントワークの仕事をひとりで完結させていますし、テンプレートの売上が安定していることで、やれることが増えている感覚があります。
石井:ノーコードでのWebサイト制作は浸透してきているとは言いつつも、Studioのシェアや普及率はまだまだです。つまり、とても広大な土地が広がっている。
今後、テンプレートデザイナーもますます増加していくと思いますが、その勢いに負けないくらいプロダクトとしても着実に成長していきたいと考えています。同時にStudioユーザー同士のコミュニティや経済圏をさらに広げていきたいですね。
溝口:今回グランプリを受賞させていただいて、初めてStudioを使っている方々と横の繋がりでお話できるようになって。思っていた以上に出会いや人の輪が広がった感覚があるので、今後はいろんな地域を回りながら、Studioユーザーの方々とお話してみたいです。
石井:嬉しいです。僕はそれこそがコミュニティだと思っているんです。オンライン上の何かに参加するだけじゃなく、横の繋がりで助け合ったり教え合ったりして、その輪を広げていく。それが本当のコミュニティの姿だと思っています。

IT+
野口 和央 (Noguchi Kazuhiro)
学生時代に汎用機でのプログラミングやFAコンピューター製造、Linux研修講師などIT業界にて幅広い経験を積み、卒業直前には米国・シアトルにてデーターセンタービジネスの立ち上げに携わる。2005年から約7年間、日本ヒューレット・パッカード株式会社にてマーケティング、営業部門のマネージャーとして勤務。日本一周・世界一周を経験し、2014年、株式会社アイティプラスを設立。
溝口 耕太 (Mizoguchi Kohta)
2008年、多摩美術大学 グラフィックデザイン学科卒業。2008年〜2012年、デザイン事務所にてグラフィックデザイナーとして勤務。2012年から世界のデザイン&アートを見るために世界一周を経験。2013年に帰国後、同年4月からフリーのデザイナーとして活動し、2014年、株式会社アイティプラスに入社。
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Editorial Team
Creative Direction by Maehara Takahiro,
Writing by Ishida Tetsuhiro,
Content Editing by Hayashida Mika,
Videography by Tamba Osamu,
Photography by Hayakawa Hirotaka

















