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Interview

nipponia

2026.08.07

常に“つくり方”からはじめる。
独立系タイプファウンダリ・nipponiaのフォント制作の流儀

2026.4.10

大きな窓から都市景観が見える部屋で、白いソファに座り笑顔で談笑する山田和寛氏(ベージュのシャツ)と工藤俊祐氏(ボーダーのシャツ)。

Profile

写真:工藤さんのプロフィールカット。

山田 和寛

株式会社nipponia 代表 / 装丁家・書体デザイナー

写真:岡本さんのプロフィールカット。

工藤 俊祐

株式会社nipponia / グラフィックデザイナー、エンジニア、DJ

写真:岡本さんのプロフィールカット。

鈴木 丈(聞き手)

Studio株式会社 / ウェブ開発者・フォント技術者

文章を読むとき、文字の形は無意識のうちにその印象を左右している。

Webであれ紙媒体であれ、デザイナーがフォントの選定に気を配らないことはまずないだろう。フォントの選択肢の広がりは、そのまま表現の幅を広げることにつながる。

その多様なフォントが生まれる背景には、一文字一文字に膨大な時間をかけてデザインする、タイプデザイナーたちの存在がある。

デザイン事務所とインディペンデントなタイプファウンダリ、二つの顔を持つnipponia代表の山田和寛もまた、日本語フォントを精力的に制作するデザイナーの一人だ。過去、Monotype在籍時には「たづがね角ゴシック」の制作にも携わった。

そして同社の工藤俊祐は、グラフィックデザインとエンジニアリングを軽やかに行き来しながら、ツール開発を通じてnipponiaのフォント制作を、より効率的かつユニークなものへと導いている。

本鼎談では、前職でWebフォントサービスに深く携わり、現在はStudioのエンジニアとしてタイポグラフィ関連機能の開発に携わる鈴木丈も聞き手として参加し、「文字をつくる人々」の思想を探っていく。

フォント制作の裏舞台から、それぞれが文字に惹かれた原体験、Webやオンスクリーンにおける文字表現の課題まで。文字をめぐる現在と、その先にある可能性について幅広く語り合った。

藤津亮太著『富野由悠季論』を一番上にして、白いテーブルの上に重ねて置かれた複数の書籍や雑誌。

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nipponiaが手がける
ユニークなフォントたち

まずはnipponiaが手がけた、2つの代表的なフォントを紹介したい。2018年にリリースした仮名フォント「NPGクナド」は、そのひとつだ。


山田が着目したのは、石井茂吉が写真植字機のためにデザインした初期のゴシック体だった。その字形をさまざまな古書から探し集め、それをベースに新たに生み出したネオクラシック系のゴシック体が「NPGクナド」である。

NPGクナドのフォント見本。「走れメロス」のテキストを使用し、石井ゴシック BとNPGクナド W300で組版されている。

「基になった書体は、戦前から1950年代くらいまで使われていたゴシック体で、現在『石井ゴシック』として残っているものの一つ前の姿です。これが特徴的でかわいい、面白い形をしているんですね。今では使われておらず、石井さんの死後も長い時間が経っているので、築地体や秀英体と同じように復刻できないかと採字を始めました」

オフィスで、手前にベージュのシャツを着た山田和寛氏が話し、奥に赤いストライプシャツを着た工藤俊祐氏が同じ方向を見ている様子。山田氏に焦点が合っている。

足りない文字をさまざまな印刷物から探し集めてくるなかで、山田は一部のひらがなにバリエーション(異体字)があることに気づく。現代のフォントには特定の文字のスタイルを切り替える機能があるため、それを活用し、見つけた異体字をすべて収録することにした。

ただし、集めた文字は印刷の状態やサイズが異なるため、そのままトレースしても統一感のあるフォントにするのは難しい。

「最終的には一度自分のフィルターを通して、現代的で使いやすい形になるように復刻しました。同時に、『クナド』は仮名だけなので、他のフォントと組み合わせやすいようにウエイト(太さ)も幅広く、細かく展開しています。そういう意味では、自分の使いやすさでもあるし、ユーザーの使いやすさにもつながることを検証しつつまとめていきました」

もう一つ、nipponiaのフォントを紹介したい。2026年春に完成した「NPHキビタキ」は、自然で爽やかなストロークの手書きフォントだ。

NPHキビタキのフォント見本。「走れメロス」のテキストを使用し、NPHキビタキ 200で組版されている。

漢字を含む8,000字以上を手で書くという、人力に頼らざるを得ない工程を経る一方で、その手書き文字をフォント化していくプロセスには、内製ツールによる効率化が図られている。制作の目的について、山田は次のように語る。

「ファウンダリとして、漢字を含めたフルセットの日本語フォントをつくりたかったのが目的の一つです。

あとは個人の書き文字という、すごくパーソナルなものをアーカイブしていくプロジェクトでもあります。有名人ではない、身近にいる誰かとか、そういう人たちの文字がフォントになったらどうなるか。どのように使われていくのか、というところも実験的な要素があって。今後、このNPH(NPハンズ)シリーズは、ラインナップをどんどん増やしていきたいと考えています」

こうした独自のフォントを次々と生み出すnipponiaは、そもそもどのようにして生まれた事務所なのだろうか。

オフィスでテーブルを囲み、手前に座る聞き手の鈴木丈と対談する山田和寛氏(中央)と工藤俊祐氏(右)。

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「装丁家」がフォントをつくるまで

nipponiaは、山田がMonotypeで「たづがね角ゴシック」のデザインを完成させたのち、独立して立ち上げた事務所だ。はじめはタイプファウンダリにするつもりはまったくなかったという。


「大学卒業後は松田行正さんが主宰するマツダオフィスで6年間、ブックデザインにじっくり取り組んでいました。その先を考え始めていた頃にMonotypeの求人があり、転職を機に、初めて本格的に書体の設計を仕事にすることになったんです。


Monotypeではタイプデザインに専念していたので、独立にあたっては本の装丁を中心にしようと思っていて、もっと言えばフォントはそんなにやる気がなかったですね」

手前に座る工藤俊祐氏越しに、前方を見て話す山田和寛氏。

一方で、自身が使うための独自のフォント制作は続けていた。転機になったのが、仮名フォント「NPGヱナ」だ。冒頭で紹介したクナド・キビタキよりも前、nipponia設立のきっかけとなった最初の1本であり、公開したところ予想を超える反響が得られた。


「NPGヱナ」は古い金属活字に見られるデザインの特徴を、現代的なゴシック体に取り入れた意欲的な書体だ。ひらがな・カタカナ、基本の英数と最低限の記号のみの400字に満たないフォントだが、惹かれるデザイナーは多かった。

NPGヱナのフォント見本。「走れメロス」のテキストを使用し、新聞特太ゴシックとNPGヱナ W600で組版されている。

「もしかしたら、これはこれで仕事になるかもしれない。装丁とフォントの両輪で回していける可能性を感じました」


そこから、ブックデザインとタイプデザインを2つの軸とした活動を広げていくことになる。


nipponiaに学生時代から参加し、卒業後の2024年に入社した工藤も、デザイナーとエンジニアのハイブリッドな顔を持つ。武蔵美の授業で募集していた書籍制作の手伝いをきっかけに、山田に「人手が足りない」と声をかけられたのが始まりだったという。

手前に座る聞き手の鈴木丈越しに、笑顔を見せる山田和寛氏(中央)と工藤俊祐氏(右)。

「現在は主に、フォント制作支援のための内製ツールを開発しています。そのほか、nipponiaのWebサイトの制作から管理までを一手に引き受けています。


もともとの興味として、展示のポスターをデザインしながら、その表現に役立つ自前のツールをつくったり、デザインしたWebサイトを自身でコーディングしたりするのが好きでした。入社の決め手も、デザインとエンジニアリングが両方できる環境というのが一番大きいですね」

漢字が等間隔に配置された、書体制作の校正用紙。

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1万字におよぶ日本語フォント制作の舞台裏

山田がMonotype時代に手がけた「たづがね角ゴシック」は、その後のnipponiaの制作スタイルの原点でもある。そもそも日本語のフォント制作とはどのようなものか、ここで少し紹介したい。


まず前提として、言語ごとに用いられる文字は異なり、それに応じてフォント制作の難易度は大きく変わる。日本語は、極端に手間がかかる言語の一つだ。漢字・仮名・アルファベット・数字・記号類を一通り含む日本語OpenTypeフォントの多くには、およそ1万字弱が収録されている。

2017年にMonotypeがリリースした「たづがね角ゴシック」は、同社の小林章によるディレクションのもと、山田が欧文以外の文字のデザインを手がけた。

制作プロセスを聞くと、まずは基本的な漢字12文字と、ひらがな・カタカナをすべて手でレタリングするところから始まるという。

「最終的にはガラッと変わってしまうのですが、自分にとってはタイプデザインに取り組む、エンジンをかける儀式のようなもので、それをやらないとダメ。面倒くさがる人は向いていないと思います」

そうして基本的な文字をデジタルに起こしてデザインを固めたのち、さらに500文字に展開し、JIS第1水準漢字、第2水準漢字……と文字数を増やしていく。完成には長い時間を要したと山田は振り返る。

「『たづがね角ゴシック』は、ツールもつくりながら、完成まで3年ほどかかりました。一度完成させた経験は大きいですね。漢字だけで7千字以上ありますが、それを一つひとつ制作していくことで、数千や万という大きな単位が頭にインストールされたという感覚があります」

3年という期間は、欧文フォント制作とは比べ物にならない長さだという。収録された1万字近い文字の中には、私たちが一生お目にかかることのないものもあるだろう。なぜこれほどまでに多くの文字をデザインしなければならないのか。

手前の赤いシャツの工藤俊祐氏越しに、オフィスで顎に手を当てて話を聞く、奥の鈴木丈(聞き手)。鈴木に焦点が合っている。

メーカーのエンジニアを経験してきた鈴木も、そこには難しさがあるという。

「日本語フォントに含まれている文字の中には、日常生活ではほぼ使わないものもたくさんあります。メーカーによっては、漢字の文字数を減らした独自の文字セットでリリースしているところもありますが、書籍で使われることを考えると、字形の少ないフォントは敬遠されてしまうこともあって、なかなか難しいですね」

その膨大な文字を扱う制作環境も、当時は未熟だった。ディレクションを担った小林章は、写真植字時代には写研で設計に携わり、字游工房の「ヒラギノ明朝」「ヒラギノ角ゴシック」の制作にも参加してきた人物だ。しかし「たづがね」はMonotypeにとって初めての日本語フォントであり、社内に蓄積されたノウハウはなかった。

そこで山田は、Adobe Illustratorのプラグインを自作して使っていたという。今でいうGlyphsのスマートコンポーネント機能に近いもので、文字に含まれる共通のパーツを、複数の文字間で使い回せるようにする仕組みだ。

「日本語のデザインに十分な知見がある人はいても、ツールや環境は整っていない状況でした。Glyphsも当時は日本語フォントに対応しきれていませんでしたから、自作のツールとIllustratorを使って、試行錯誤しながら仕上げていくことになりました」

日本語フォントの制作は効率化なくしては到底終わらないほど、膨大な作業を要する。それこそが後述するような、nipponiaが自ら制作のためのツールを開発し、活用していくスタイルに繋がっていったと言えるだろう。

高層階の窓から見下ろした、生い茂る緑の木々と右側に建ち並ぶ都市部の住宅。

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文字の魅力に目覚めた
それぞれの原体験

先述したように、日本語フォントの制作は根気を要する仕事だ。それでも文字のデザインに惹かれる、それぞれの原体験とはどのようなものだったのだろうか。

山田がタイポグラフィに興味を持つようになったのは、多摩美術大学造形表現学部に通っていた学生時代だ。

「入学時はプロダクトや空間デザインに興味があったのですが、早々に制作費が尽きてしまったんです。それであまり制作にお金のかからないコースに行こうと、ビジュアルコミュニケーションに進んで。何から学ぼうかというときに、どうやらタイポグラフィというものが大事らしいと知りました。

当時は広告が花形でしたけど、広告にはまったく興味がなくて。本を読むのが好きだったので、自分には本の仕事が一番向いているかなと思っていましたね」

手前に座る聞き手の鈴木丈氏越しに、真剣な表情で話をする山田和寛氏。右奥には工藤俊祐氏が座っている。

ブックデザインについて学びながら、文字についての本も読み漁っていった。とくに影響を受けたのは、最初に読んだ府川充男の『組版原論』だという。府川は、活字からDTPに至る日本の近代印刷史・書体史を研究し、とりわけ活字書体への深い探求で知られる人物だ。

「『組版原論』に触発されて金属活字の世界に触れてしまったばっかりに、府川さんの真似をして国会図書館や印刷図書館に通っていました。

そこで昔の活字の見本帳を見て——自分がアクセス可能なものは全部見たと思うのですが、ひたすらコピーを取っては、何か制作に使えないかとトレースし始めたのが、フォント制作につながるきっかけです」

かねてから鈴木が興味を抱いていたのは、山田が装丁家の視点を持ちながらフォントを制作していることだ。

「装丁とフォント、どっちが先なんだろうと思っていたんですよ。つくりたい書体が先にあって、それを装丁に活用するのか、それとも装丁に使いたいからフォントをつくるのか。お話を聞いていると、やっぱり中心にあるのは装丁で、使いたい書体を自分でつくるという感覚なんでしょうか」

「はじめはそうでしたね。とくに学生の頃は選べるフォントが限られていましたし、買わないと使えませんでしたから。

見出しに使える大きいサイズのゴシック体や明朝体を、活字から起こして使えるようになれば、もっとブックデザインの幅が広がるだろうなと。同学年のみんなより深い表現ができるんじゃないかなという気持ちはありました」

テーブルの上に積まれた『富野由悠季論』や『作字百景』などの複数の書籍。背景には工藤俊祐氏(右手前)や鈴木丈氏(左奥)の姿がぼやけて写っている。

一方で、やはり文字そのものの美しさに惹かれ、制作に移すこともあると言う。

「初めて活字見本帳を見たとき、その美しさに心を奪われました。本に掲載されていた図版の一次資料にアクセスできたときの感動が大きくて、これをなんとかして使いたいぞと。

もともとパンクロックが好きで、パンクのDIY精神に影響を受けているんですよね。すべて自分でつくる必要があるんだと思い込んでやっていて、特別なことをしている気持ちはなかったです」

工藤の場合は、タイプデザインよりも文字を組むことへの興味が大きかったと語る。

「うちは幼い頃からゲームが禁止されていたんですが、パソコンを使うことは許されていたので、画像加工やロゴをつくったりしているうちに、フォントに興味を持つようになりました。

高校生の頃、母に学芸大学のBOOK AND SONSという書店へ連れて行ってもらったことがあります。本棚にタイポグラフィの本がたくさん並んでいて、文字による表現だけでも歴史があり、技術として確立されていることに衝撃を受けました。展示室にはスイス・スタイルのポスターがあって、文字だけでも格好いいし、それでいいんだというのにも驚かされましたね。

絵が描けない自分にも、これなら表現できるかもしれないと思えたのが、今につながる入り口になっています」

手前に座る山田和寛氏の背中越しに、前方を見つめて話を聞く工藤俊祐氏。工藤氏に焦点が合っている。

表現への憧れはあっても「絵が描けない、写真も苦手」という鈴木も、同じく「文字だけでグラフィックになる面白さ」に惹かれているという。

その後、武蔵野美術大学に入学した工藤は、Webを含めた現代のメディアの中でタイポグラフィを実践することに関心を寄せていく。

「Webサイトを制作するときも基本的には組版を意識していて、文字をきれいに組むためにエンジニアリングで何か解決できないか、みたいなことを考えています。それをずっと続けている感じですね」

手前の鈴木丈の背中越しに見える、ノートパソコンで書体制作ソフトを操作する山田和寛氏の手元。画面には「舘」の文字が大きく表示されている。

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つくるプロセスを分解してツールにする

先ほど紹介した「NPHキビタキ」は、山田と工藤、二人の関係性を体現するようなプロジェクトでもある。制作にあたっては、開発中のフォント制作アプリのテストも重要な目的だったという。

山田はかねてから自作のフォント制作アプリを開発している。それも活用しながら、手書きフォントならではのプロセスをカバーするために、工藤とさまざまなツールを生み出していった。

「キビタキ」の制作工程を簡単に紹介すると、はじめに文字を書く人が、シャープペンシルで原稿用紙にひたすら手書きしていく。その原稿をスキャンし、一文字ごとに画像として切り出したうえで、位置や大きさを調整し、どの文字かを判別して、対応するグリフ(フォントに含まれる一つひとつの字形のこと)に紐づけていく。

さらに、その画像をすべてベジェ曲線によるパスデータに起こし、フォントデータとしてパッケージすれば完成だ。

「伴」「佐」「佳」など、にんべんの付く漢字が並んで描かれた、書体制作のスケッチ用紙のクローズアップ。

シンプルな工程に思えるが、8,000字を超える文字でこれをこなすのは尋常なことではない。nipponiaでは、工程ごとに最適なツールを開発することで、効率的なプロセスを組み立てていった。

工藤の主な担当は、スキャンした文字の切り出しと最適化など、素材をパスデータにする前の準備段階の部分だ。

「スキャン画像を切り抜くだけでも、手作業だとものすごく大変です。そこで、原稿から画像を自動で切り出し、それぞれを対応するグリフに紐づけて保存するツールをつくりました。ここまでしておくと、自動でフォント制作アプリに読み込むことができるので、作業時間が大きく短縮できます」

手前でテーブルの上の資料を見つめて考え込む工藤俊祐氏と、奥で同席する山田和寛氏。工藤氏に焦点が合っている。

また、制作に取り組むなかで必要なツールが見えてくることもあると工藤はいう。

「そもそも最初の手書きの工程で、文字を書く人にとって、これまで書いたことのない漢字がたくさん出てきます。そこで、次に書く漢字の形や筆順を画面でチェックできるツールも用意しました。これは実際に書く人からの要望をかたちにしたものです」

つくるプロセスに向き合いながら考え、その都度最適なツールへとしなやかに展開していけるのは、デザインとエンジニアリングの両方の視点を持つ工藤ならではの仕事と言えるだろう。

画像からパスデータに起こすときも、手書きの印象を残しつつ、フォントとして使いやすく仕上げるのは簡単ではない。そうした仕上げの工程には、山田のタイプデザイナーとしての経験が生かされている。

「なるべく生の状態を再現したいので、ライブトレースするシステムも自作しています。データを軽くするためにはパスを減らさないといけないんですが、パラメーターを調整して、ギリギリ元の文字の印象を保てるところを探って形にしています」

手前で話を聞く鈴木丈に対し、ノートパソコンの画面を見せながら説明する山田和寛氏。画面には文字が並んで表示されており、山田氏とパソコンに焦点が合っている。

「パスを一本も引かずに完成させた」と語る山田は、少し誇らしげだ。

こうしたツール開発はAIの力も借りながら実現しているとのことだが、そもそものプロセスを理解していないとうまくはいかない。「たづがね角ゴシック」の制作から10年以上、効率的につくる方法をひたすら模索し続けた成果が、nipponiaのフォント制作を通じて形になりつつある。

ノートパソコンを操作する山田和寛氏(右)と、横に座って画面をのぞき込む鈴木丈、後ろに立って見守る工藤俊祐氏。

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Webフォントと
オンスクリーン表現のこれから

話は鈴木の専門であるWebフォントにも及んだ。「NPGクナド」をリリースした2018年当時、日本語のWebフォントを表示する際には、ブラウザ側で最適化されていない約物間隔の調整を、独自の機能として追加していたという。しかし現在では、状況が変わってきているようだ。

鈴木によれば、日本語特有の機能を含め、Webでのタイポグラフィは日進月歩で改善されてきているという。

「Web環境のアップデートには、CSSの仕様が決まることと、ブラウザがそれを実装することの両方が必要です。CSSの仕様策定や、ブラウザベンダーに対するタイプファウンダリからの働きかけも増えてきている印象があります」

黒縁メガネをかけ、前方を見つめる鈴木丈の横顔。

タイポグラフィ機能に携わるエンジニアとして、鈴木は「Studioで利用できるフォントをどんどん増やしていきたい」と語るが、課題の一つが「混植」だという。

「『NPGクナド』のような仮名フォントは、漢字を別のフォントと組み合わせて(混植して)使ってもらう必要があります。ただ、Webデザインではまだ普及していないので、まずは知ってもらうところからですね。

とくに仮名フォントはファイルサイズが小さく、ある意味ではWeb向きとも言えます。仮名が変わるだけで、文章の表情はまったく変わりますし」

実現のためには、適切な機能に加えて、わかりやすいインターフェースを工夫していく必要があると、鈴木は意欲を語る。

Webでのより豊かな文字表現は、細やかな実装ができる環境があってこそ実現する。そのためには、引き続きさまざまな分野からの働きかけが欠かせないだろう。

大きな窓を背景にしたStudioオフィスのテーブル席で、ノートパソコンに手を置き笑顔で話す山田和寛氏(中央)と、口元に手を当てて話を聞く工藤俊祐氏(右)。

鼎談の終盤、これからの在り方や可能性について話すなかで、ふいに山田から「オンスクリーンならではのデザイン」についての話題が上がった。

「デザインで大事にしているのはマチエールです。印刷物とWebはまったく違うメディアで、それぞれがまとうマチエールもまた、本来違うはずなんですよね。にも関わらず、Webフォントは印刷物で使われている形をそのまま移し替えているだけで、本物のWebフォントと呼べるものは、まだ存在していないんじゃないかと思っています。

印刷物だと手触りだったり、物から得られる情報がたくさんあるように、オンスクリーンのメディアにも目とスクリーンとの距離があって、フィジカルなメディアなのは変わりない。そこから出発して表現されるものは、きっと独自の新しい体験になり得るはずです。

自分の中に何か具体的な像があるわけではないんですが、Webに対しては、きっとまだできる表現があるだろうと思っています」

工藤もまた、自分なりの視点でこれからを見据えている。

「組版が軸にありつつエンジニアリングという形なので、組版の仕組み自体の整備というか、もう少し自由度が高くなるような仕組みが考えられたらいいなとはずっと思っていて。

Webフォントの新しい配布の仕組みだったり、組版エンジン自体のブラウザの標準規格だったりにはすごく興味があります。そういったグラフィックデザインの造形を扱うより手前の部分に軸足を置いていければ、面白い未来があるだろうなと思っています」

タイプファウンダリという顔は、nipponiaの一側面にすぎない。文字と装丁、デザインとエンジニアリング——メディアと表現のあいだを行き来しながら、彼らは常によりよいアプローチを模索し続けている。

それでもなお、手間のかかるフォント制作に軸足を置き続けるのは、それが自分たちの、さらには多くのデザイナーやクリエイターの表現を支え、広げていく可能性を秘めているからだろう。その探求の歩みは、これからも私たちの視覚文化を豊かに彩っていくに違いない。

正面を向いて並んで立つ、左から工藤俊祐氏、山田和寛氏、鈴木丈。

baigie inc.

山田 和寛(Yamada Kazuhiro)

株式会社nipponia 代表 / 装丁家・書体デザイナー

1985年生まれ、東京都出身。2008年多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業。松田行正率いるマツダオフィス/牛若丸、Monotypeを経て、2017年にデザインスタジオnipponiaを立ち上げ独立。書籍の装丁、文字デザイン、ヴィジュアルコミュニケーションデザインの分野で活動中。携わった書体に「たづがね角ゴシック」(Monotype)、「NPGクナド」(nipponia)、「TPTQ Sans / Serif」(Typotheque)、「Noto Sans / Serif Hentaigana」(Google)などがある。女子美術大学、多摩美術大学非常勤講師。

工藤 俊祐(Kudo Shunsuke)

株式会社nipponia / グラフィックデザイナー、エンジニア、DJ

2003年生まれ、東京都出身。2024年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、nipponiaに参加。文字、タイポグラフィを軸としたデザインワークを行い、主にエディトリアルデザインや展覧会の宣伝美術、ウェブサイトの設計・実装を手がける。nipponiaではフォントエンジニアリングのほか、制作補助用内製ツールの開発、ウェブサイトのフロントエンド/バックエンド開発を担当している。

鈴木 丈(聞き手)(Suzuki Takeru)

Studio株式会社 / ウェブ開発者・フォント技術者

2006年からウェブ開発者としてキャリアをスタート。専門分野はフォントとタイポグラフィ。2020年にフォントワークス株式会社に入社し、ウェブフォント配信サービスの開発チームリーダーを務める。2025年からはStudio株式会社にて、フォントとタイポグラフィ関連機能の開発に従事。監訳書に『ウェブタイポグラフィ 美しく効果的でレスポンシブな欧文タイポグラフィの設計』(リチャード・ラター著、ボーンデジタル、2020年)がある。

Editorial Team

Interview & Writing by Kurimura Tomohiro
Content Editing by Ishida Tetsuhiro
Photography by Tano Eichi

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