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Interview

Eat, Play, Sleep inc. 山本洋平
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TARROWS 岡本昌太

2026.05.27

職能の価値が問い直される時代に。「デザイナーと名乗らないデザイナー」の生存戦略

2026.4.10

写真:窓際の棚と観葉植物に囲まれ、デスクに向かう工藤さんの横顔

Profile

写真:工藤さんのプロフィールカット。

山本 洋平

Eat, Play, Sleep inc. ブランドディレクター/デザイナー

写真:工藤さんのプロフィールカット。

岡本 昌太

TARROWS アートディレクター/グラフィックデザイナー

「仕事の幅を広げる」「専門性を深める」──そんな言葉が、もはや手応えを失いはじめている。AIの進化で職能の境界が揺らぐなか、何を頼りに自身の働き方を組み立てればいいのか。同時代を生きるデザイナーの多くが、答えのない問いに直面しているはずだ。

Eat, Play, Sleep inc.のクリエイティブディレクター / デザイナー・山本洋平と、TARROWSのアートディレクター/グラフィックデザイナー岡本昌太は、自身の仕事を通じて、その問いに自分なりの答えを示してきた二人だ。Webやグラフィックのデザインのみならず、ブランディングから組織づくり、店舗運営、プロダクト開発まで。その活動領域の広さは、それぞれが自身のあり方を探索し続けてきた軌跡そのものといえる。

その両社が制作を手掛けた「勅使川原真衣 公式Webサイト」が、Studio Design Award 2025のMonotype賞を受賞した。

同サイトは、勅使川原さんの活動における発信拠点として制作された。「能力主義」という抽象的な研究テーマを、「違和感」をキーワードに言葉とビジュアルで表現する方法を模索した。あえて定石から距離を置くアプローチを選んだ点も特徴だ。

探究心の赴くまま手を伸ばし続けてきた山本と、得意なことを選び取りながら活動領域を広げてきた岡本。アプローチは異なれど、デザインを生存戦略として選び取り、自分にとっての最適な動き方を組み立ててきた二人に、現在のキャリアに至る試行錯誤とその背景にある仕事観を訊いた。

 写真:木製のテーブルの上に、「KOTORI LETTER」と書かれたカードと鳥のイラストのカードが並べて置かれている。

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「違和感」とモヤモヤを
あえて残すデザイン

「色々やっているからこそ、自分がデザインするものは、いつも最高のクオリティを実現したい。そのために、何かひとつでも“突出”した部分があるアウトプットを心がけています。そこに対するこだわりだけは、見失わないようにしているんです」

そう語るTARROWSの岡本は、ブランディング、ロゴ、パッケージ、Webなどのデザインを強みとしている。しかし、その活動はいわゆるデザインのみにとどまらない。

たとえば岡本の働く事務所はギャラリー、セレクトショップ、オフィスの機能を備えたコンプレックススペース「オレンジパーラー(ORANGE PARLOR)」を兼ねており、Tシャツやカバン、ジュエリーなど、プロダクトの開発・販売も手がけている。2024年には渋谷PARCOでポップアップを実現。さらに別の自社プロジェクト(xs market)では、福岡や台湾など国内外での出店も行ってきた。

 写真:グッドパッチのオフィスで、黒いトップスを着た井上さんがテーブル越しに話している様子。奥には栃尾さんの姿が見える。

さまざまなものに手を広げるからこそ、突出したアウトプットを心がける。そのスタンスが体現された取り組みに、冒頭で触れた「勅使川原真衣公式Webサイト」がある。Eat, Play, Sleepが依頼したことがきっかけとなり、岡本がデザインと実装を担当したプロジェクトだ。

勅使川原真衣は、組織開発の専門家であり、教育社会学の在野の研究者だ。数多くの著書のほか、テレビ、ラジオ、YouTubeなど、さまざまな媒体で「能力主義」にまつわる問いを投げかけ続けてきた人物である。

目指したのは、多方面に広がる実績はもちろん、その研究テーマを訪問者が直感的に理解し、感じ取れるサイトの実現。最大の課題となったのは、「能力主義」という抽象的な概念をどう翻訳し、Webサイトで具体的に表現するかだった。

この課題に対し、岡本が選んだのはサイトの随所に「違和感」を散りばめることである。たとえば、サイトの各所に配された文字はよく見ると、どれも125%の幅に横方向へと引き伸ばされている。加えてわずかに歪ませることで、どこか落ち着かない、据わりの悪い感覚を読み手に与える意図があるという。

本来、研究者のサイトといえば、たとえば白を基調にするなどし、堅実さや知的な印象を出すのが定石だろう。しかし岡本は、あえてその定石から距離を置くことで、自身がこだわる「突出したアウトプット」を実現した。

 写真:グッドパッチのオフィスで、黒いトップスを着た井上さんがテーブル越しに話している様子。奥には栃尾さんの姿が見える。

「『仕事ができる』って何だろう? そのもやもやとした感覚こそが、研究テーマにおける核心のひとつだと考えました。だからこそ、サイトを見た瞬間にそのもやもや、言い換えれば『違和感』が残るようなデザインにしたいと思ったんです。

たとえばカラーリングも、研究者のサイトでありがちな“清潔感”には振らず、むしろその逆ともいえる配色を選びました。結果として『違和感』がむしろ魅力のサイトになり、勅使川原さんの世界観を伝える役割も果たしてくれた。そんな手応えがあります」

見た目の派手さや表面的な意外性ではなく、テーマと真摯に向き合った先に「突出したアウトプット」は立ち上がる。同サイトは、岡本のスタイルが色濃く表れた仕事のひとつといえるだろう。

 写真:テーブルの上で、手に持った『クレヨンしんちゃん』デザインラベル(父親・野原ひろしと秋田の大曲の花火を組み合わせたデザイン)の瓶が手前にあり、背景にも複数のボトルが並んでいる。

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仕事の射程を
自ら広げていく

他方で、本プロジェクトで制作支援を担った山本もまた、さまざまな紆余曲折を経た遍歴の持ち主だ。

二人にはいくつかの共通点がある。高いクオリティの制作物を次々に作りながらもデザイナーとしての自負がないこと、そしてキャリアの出発点ではじめからデザイナーとしての道筋を描いていなかったことだ。

山本はもともと学生時代にメディアアートを専攻していた。だが、卒業を控えた頃「自分はメディアアートで食べていくのは難しい」と判断したことから、専門外ながら名古屋のデザイン事務所に新卒入社。地元飲食店から大手音楽レーベルまで、さまざまな案件でデザイナーとしての経験を積んだ。

その後、自身で貯めた資金を手にカナダへ渡ったことが山本の転機になる。仕事のあてがないまま飛び込み、現地企業のインハウスデザイナーとして就職した。

ところが、入社から1年ほどで労働環境を巡るストライキが発生し、社員全員が解雇処分となってしまう。帰国を余儀なくされた山本は転職活動を経て、ブランドマーケティングエージェンシー・FICCに入社した。

「FICCでの7年間が、できることの幅を大きく広げる時期になった」と山本は振り返る。当時、会社はWeb制作中心の体制から、マーケティング戦略の企画・実行まで担う事業へと移行していく過渡期にあった。

「会社全体が試行錯誤しながら動いていく時期で、『できる人ができることをやる』のが日常でした。戦略設計からクリエイティブ、PR、レポーティングまで、やらなきゃいけないことを全部やっていく。そうやって自分にできる仕事の幅が、自然と広がっていったんです」

 写真:扉越しに、椅子に座った工藤さんが笑顔を見せている様子が見える。

その姿勢が手応えへと結びついた仕事のひとつに、長期で伴走したあるメーカーの案件がある。当初の依頼はWebサイト制作。けれど、アナリティクスを見るうちにユーザーの動向や事業課題が見えはじめ、気づけばブランド上流のプランニングまで関わるように。そこから派生して、テレビCMの企画・制作まで担うことになった。

クライアントから任される領域が、ひとつずつ広がっていく感覚があって。そこにはちょっとしたゲーム感覚というか、面白さもありました。『次はここまでやれるんじゃないか』と」

山本は自身の強みについて「どんなプロジェクトでも、自分なりの価値を出せること」と表現する。FICCで体得した「相手のニーズに応えるうちに、気づけば仕事の射程が広がっていく」動き方は、いまも山本の仕事観の根幹になっている。

現在所属するEat, Play, Sleep inc.でも、職能にとらわれない立ち回りを続けている。クライアントワークの傍ら、採用や広報など、必要とされる役割を引き受けながら活動を続ける。

こうした動きを可能とする山本の“強み”を支えるのは、自身が「探究心」と呼ぶ感覚だ。

「とにかく、いろんなことに興味があるんです。今こうして自分なりに動き続けられているのは、興味を興味のまま終わらせない『探究心』が絶えないおかげだと感じています」

そのルーツは、社会人生活を通じて出会った先輩たちの姿にあるという。好奇心の赴くままに動き続ける人たちに惹かれ、自分もそうありたいと願ってきた。その気持ちが、山本のキャリアにおける原動力になっている。

 写真:扉越しに、椅子に座った工藤さんが笑顔を見せている様子が見える。

「常に動き回っていて、何をやっているのかよくわからない。けれど、とにかく楽しそうに見える──そんな先輩たちに、何人も出会ってきたんです。ずっと一緒に仕事をしてきた、Eat, Play, Sleep inc.代表の堤もそのひとり。ジャンルの違うプロジェクトをいくつも並行で動かしながら、毎日楽しそうに仕事と向き合っています。自分も堤のように、『探究心』を手放さずに働いていたい。その気持ちはすごく大切にしています。

ただ『何でもできる』は武器ですが、どこかで必ず限界は来る。だからこそ、自分のアイデンティティともいえる“軸”は必要で、僕にとってはそれがグラフィックやWebのデザインだったんです」

 写真:柔らかい光の中で、ぼかされた前景越しに工藤さんの横顔が見える室内の様子。

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「向いてない」ことに距離を置く。
結果論としての“何でも屋”

岡本もまた、最初からデザイナーを目指していたわけではない。山本と同様に、デザイナーという自負を持っていないのが特徴的だ。

「崇高なデザインへの想いとか、そういうのは全然ないんです。生きるために自分に合うことを探してたら、たまたま今のようなかたちにたどり着いた、という感覚ですね」

 写真:ソファに座る家族のそばで、工藤さんが子どもを見守っているリビングの様子。

生きるために自分に合うものを探し、合わなければその場所から離れる──いわば“生存戦略”として組み立てられてきたものだ。その繰り返しの末に、デザイナーという肩書きが結果として残ったのだという。

その遍歴を遡ってみる。岡本が大学時代に在籍していたのは、本人いわく「一番何もしない学科」と評する国際ビジネス学科。デザインとは縁のない場所だった。転機をもたらしたのは、所属する運動部でのある経験だったという。

「3年生でキャプテンになったのですが、チームのユニフォームがとにかくダサくて。だったら自分でリニューアルしようと思ったんです。手書きでロゴをつくるところから始めたのですが、自分にとってはこれが初めて、本格的に何かをデザインした経験でした」

この取り組みが、思わぬ成果へとつながっていく。「ユニフォームがかっこいい」とチーム内で評判になり、練習参加率が自ずと上昇。その結果、チームの全国優勝へと結びついたのだ。

「デザインが人の行動を変えて、ものごとを動かしていく。その可能性を身をもって実感した、初めての体験でした」


この手応えから、岡本は大学4年次に専門学校のデザイン課程に週1で通い始める。卒業後の最初の就職先は、大阪にある50人規模の制作会社だった。朝8時半に出社して掃除から始まり、毎日深夜まで働く体育会系の現場。1年半で体重が15キロ落ちるほどハードな日々を送った。

その後は京都に移り住み、四条寺町に本店を構える老舗の地場百貨店・藤井大丸のセレクトショップでアルバイトを始める。同時並行で、名古屋の友人と古着屋を立ち上げ、週末は名古屋に通う日々を過ごした。

 写真:リビングの床に敷かれたプレイマットの上で、工藤さんのお子さんがおもちゃで遊んでいる。背後にはベビーゲートで囲われたテレビ周りがある。

アパレルの販売は「意外にも性に合っていた」と岡本は振り返る。最終的には30万円のコートを売りこなすほどになり、「社員にならないか」と打診も受けた。だが岡本は「もう一度クリエイティブに戻りたい」と、知人を頼ってロフトワークへの転職を決める。結果として、2014年から5年ほど同社に在籍し、さまざまなプロジェクトに携わることになった。

ただ、ロフトワークでの毎日は決して順調だったわけではない。岡本が担ったディレクションやプロジェクトマネジメントの役割は、彼にとって「全然向いていない」仕事だった。社内で周縁的な立ち位置となり、遠方の拠点へと2ヶ月ほど異動になることもあったという。葛藤の末、2019年に退職を決断した。

退職後、知人から声がかかるのを機に、ロゴやWeb制作の依頼を引き受けるようになる。すると、いつの間にかフリーランスのデザイナーとしての仕事が連なっていった。TARROWSの屋号で活動を続けるなかで、2024年には旧知のインテリアデザイナーとBDX合同会社を立ち上げ、現在はフリーランスと法人のCCO、二つの立場を抱えながら活動している。

そんな岡本に自身の強みを尋ねると、「“何でも屋”であること」と返ってくる。ただし、本人は自分をジェネラリストだと自認しているわけではない。「ジェネラリストだとは思ったことがない、でも何でも屋に近い」──そんな自己認識が岡本にはある。

その前提にあるのは、「向いていないことには、手を出さない」というある種の割り切りだ。

 写真:リビングの床に敷かれたプレイマットの上で、工藤さんのお子さんがおもちゃで遊んでいる。背後にはベビーゲートで囲われたテレビ周りがある。

「人に何かを頼んだり、動かしたりするのが、結構苦手なんです。だからデザインで自分ができるところは、基本的に全部自分でやっています。逆に、自分にできないことは無理にやろうとしない。それくらい割り切っています」

ライティングや撮影、映像制作、動的な実装といった、自分の得意の外にある領域は、それぞれを得意とする人に任せている。代わりに、自身の手で形にする具体のアウトプットは、決してクオリティに妥協しない。

その姿勢を貫いてきた結果、岡本は徐々に“生きやすさ”と“稼げる場所”を、自身の手で形作ってきた。“何でも屋”は、そうした引き算の生存戦略の末に立ち上がった、岡本ならではのスタイルでもある。

 写真:コンクリートの地面に、植物の葉の影が日差しによって揺れながら映っている。

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「探究心」と
「次のフェーズ」、
それぞれが描く次の一歩

軸となる姿勢は変えないまま、「デザイナー」の枠を超えて──山本と岡本の活躍の場は、これからも広がり続けていくだろう。

山本のキャリアを振り返れば、その動き方には一貫したリズムがある。自分で貯めたお金でカナダに飛び込んだ20代から、FICCの過渡期に「やらなきゃいけないことを全部やる」と仕事の幅を広げた30代まで。興味を覚えたら、まず手を動かしてみる。その繰り返しが、いまのスタイルを育ててきた。

「興味を興味のまま終わらせない」探究心は、デザインの仕事の外側にも染み出している。その方向性を示すかのように、山本はいま新たに「蕎麦打ち」にのめり込んでいるという。

きっかけは、妻の父が趣味で打っていた蕎麦を振る舞ってもらったことだった。その繊細な味わいに惹かれ、自身も蕎麦打ちを学び、2025年からは「側に蕎麦」という屋号で活動を開始。ロゴや告知物、蕎麦に関するZINEの制作も自ら手がけており、この活動の中でもデザインを軸に置いている。

「今ある仕事は続けながらも、やっぱり何か違うこともやりたい。そんな気持ちがいつも湧いてきて、それが今回は蕎麦になりました。きっと蕎麦の世界でも、新しい気づきや手応えがある。そうして得た何かが、また次の『探究心』へとつながっていくと思うんです」

 写真:窓際の棚に、デザイン賞のトロフィーや雑貨、小さな観葉植物が並べられている。中央にはStudio Design Award 2025のBronze Awardの表彰盾。

岡本のキャリアを貫いてきたのは、やれないことは諦め、やれることに徹底して振り切る“引き算の生存戦略”だった。デザイナーという肩書きは、その戦略のなかで岡本が手にしてきた、自分が立てる確かな足場のひとつである。

だからこそ、岡本の眼差しはつねに地に足のついた現在に向けられている。短期的な目標を尋ねると、「しっかり稼ぐこと」という言葉が返ってきた。

「今はバリバリ稼ぐべきフェーズに入っていると思っています。色々な意味で、『折り返し地点』だと感じるんです。だからこそ、働けるうちにとことん働いて、この先に向けた“土台”をしっかり作りたい。その先にはまた違うフェーズ、これまでにない展開が待っているはず。それを楽しみにがんばりたいです」

 写真:窓際の棚に、デザイン賞のトロフィーや雑貨、小さな観葉植物が並べられている。中央にはStudio Design Award 2025のBronze Awardの表彰盾。

二人の歩みに通底するのは、デザインを「生存戦略」として選び取ってきた、という共通認識である。生きるために自分が動ける場所を見極めてきた。そのスタート地点は、二人とも重なっている。

ただし、そこから先の道のりは対照的だ。

山本は、探究心の赴くままに目の前の仕事へ手を伸ばし、自身のやれることを一つずつ増やしてきた。一方の岡本は、ときに向いていないことから手を引きながら、自分が力を発揮できる範囲をひとつずつ確かにしてきた。

足し算で“自分のフィールド”を、引き算で“自分のかたち”を──進む方角は異なれど、目の前の仕事に対して柔軟さとこだわりを手放さない点で、二人の姿勢は通じ合っている。

さまざまな職能の価値が問い直され、肩書きの意味もより揺らいでいく時代に、「デザイナー」としてどうありたいか。山本と岡本、それぞれの歩みと姿勢に滲む仕事観は、同時代に自身のあり方を探索し続けるデザイナーたちにとって、ひとつのヒントになるだろう。

 写真:窓からの自然光が差し込む室内。工藤さんがデスクに座り、横向きで前方を見ている。背後の棚にはサボテンなどの鉢植えや本、小物が並んでいる。

baigie inc.

山本 洋平(Yamamoto Yohei)

Eat, Play, Sleep inc.
ブランドディレクター/デザイナー

日本・カナダでブランドマーケティングエージェンシーや事業会社を経て独立。ブランドのプロモーション企画からクリエイティブ制作まで幅広く手がけてきた。現在はEat, Play, Sleep inc.に所属し、デザインを核に、戦略立案から制作まで一気通貫でブランドに関わることを大切にしている。「側に蕎麦」という屋号で、蕎麦を起点にしたプロジェクトも手がける。

岡本 昌太(Okamoto Shota)

アートディレクター/グラフィックデザイナー
日本工学院八王子専門学校、バンタンデザイン研究所 非常勤講師

1988年愛知県生まれ。名古屋の外国語大学在学中にデザイナーになることを決意し、バンタンデザイン研究所に入学、グラフィックデザインを学ぶ。卒業後大阪へ渡り、広告制作会社へ入社。グラフィックデザイナーとして販促ツールなどを制作する。その後名古屋で古着屋の開業などを経て、2014年に株式会社ロフトワークに入社し、拠点を東京に移して活動開始。クリエイティブディレクター、デザイナーとしてWebやグラフィック、空間、コミュニケーションデザインなど様々な領域のプロジェクトを経験。2019年にアートディレクター、グラフィックデザイナーとして独立。

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Website Creators

クリエイティブディレクション:堤大樹(Eat, Play, Sleep inc.)
制作アシスタント:青木穂(Eat, Play, Sleep inc.)
制作サポート:山本洋平(Eat, Play, Sleep inc.)
Webデザイン・実装:岡本昌太(TARROWS)
メインビジュアルアニメーション:Peter Chang

Editorial Team

Interview & Writing by Kurimura Tomohiro
Content Editing by Ishida Tetsuhiro
Photography by Tano Eichi

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