インターネット黎明期から「クリエイターの仕事を世界に流通させる」をミッションに掲げ、ビジネスとクリエイティブの架け橋を目指している株式会社ロフトワーク。同社でシニアディレクターとして活躍する松永 篤さんは、社内にStudioを導入した第一人者として新たな制作プロセスのあり方を模索してきました。Studioで作られたWebサイトを讃えるWebデザインの祭典「Studio DESIGN AWARD2023」にノミネートされた北海道・札幌市の酒屋「桜本商店」サイト制作プロジェクトでは、クリエイター同席で複数日程の現地リサーチを実施。また言葉を起点にした構成にするため、歌人がコンセプト設計を担うなど挑戦的なデザインプロセスで制作されたそう。今回は松永さんがロフトワーク社内にStudioの第一人者として導入を推進した経緯や、クリエイター同士の「横軸の共創」を生む制作プロセスへの想いを語っていただきました。レスポンスの速さが、モチベーションの強さに繋がる──株式会社ロフトワーク創業の経緯と、会社の特徴を教えてください。松永:ロフトワークはインターネット黎明期の2000年に、現代表の諏訪と共同創業者の林が立ち上げた会社です。立ち上げ当初はクリエイターの仕事を世界に流通・循環させるプラットフォームとして「loftwork.com」というクリエイターと企業のマッチングサイトを運営していました。しかし運営していく中で、受注側である企業と発注側であるクリエイターの間にあるコミュニケーションの課題が見えてくるように。そこから得た「真の意味でクリエイティブと世界を繋げるためには、ビジネスサイドとクリエイティブサイドの翻訳家となるディレクターの存在が不可欠」という考えが、ロフトワークの組織作りの原点となっています。そのため、ロフトワークは社内にデザイナーやエンジニアがおらず、ディレクター中心のメンバー構成になっています。プロジェクトに応じて最適なクリエイターをアサインし、流動的にチームを組んでアウトプットを作っています。▲地域の価値を育む探究型プログラム「SHIGOTABI」サイト──Studioを活用し始めたきっかけは何ですか?松永:山梨県富士吉田市で行われている、地域の価値を育む探究型プログラム「SHIGOTABI」のサイトリニューアルプロジェクトがきっかけです。限られた予算・工数の中でリソースをどう割り振るかを考えたとき、サイトの実装ではなく、ロゴやキャッチコピー制作の方により重きを置きたいとチームで考えていました。CMSやノーコードツールの導入を検討する中で、初めてStudioを触ってみたんです。Studioは他のツールと比較しても選べる和文フォントの種類が多く、タイポグラフィティにもこだわりながら質の高いサイトが作れると思い、最終的に導入を決めました。実際に使ってみて感じたのは「レスポンスの速さがモチベーションの強さに繋がる」ということでした。──「レスポンスの速さがモチベーションの強さに繋がる」とは、どういうことでしょうか?松永:通常、Web制作は企画・コンセプト作りから始まり、Webデザイン、実装と各工程ごとで担当が分かれていることが一般的です。ただ担当が分かれていると「あと3文字だけコピーを修正できたら綺麗に収まるのに」「この部分のフォントサイズを、少しだけ上げたい」など細やかな調整はコミュニケーションコストの問題で諦めざるを得ない、ということがよく起こります。しかし「SHIGOTABI」の制作では、企画担当の方とデザイン・実装担当の僕が一緒にStudioを見ながらその場で画面を作り、手元でデザインを確認、クイックに判断をしながらブラッシュアップすることができました。レスポンスが早いからこそどんどんアウトプットが良くなり、自分たちも作るのが楽しくなってくる。「ちょっと気になるけど、時間がないからこのままでいこう」という妥協がなくなるし、実現できなかったときも「なぜできないか」をすぐに伝えてくれるから提案した側も納得感がある。Studioを使うことでレスポンスの速度が上がり、クリエイター同士の距離も縮まり、モチベーションが高い状態でプロジェクトを進めることができたのは、とても面白い経験でした。メンバー全員が「信じる」プロセスを経たからこそ、心を打つクリエイティブが作れた▲北海道・札幌市の酒屋「桜本商店」サイト──今回サイトリニューアルを行った桜本商店について教えてください。松永:桜本商店は創業114年(明治43年創業)、北海道・札幌市にあるお酒の専門店です。今回のプロジェクトでは一般的な酒屋のイメージを刷新するため、洗練された映像・画像・ライティングを内包したリブランディングを実施しました。──プロジェクトはどんなメンバーで臨んだのでしょうか?松永:ご依頼にあたり、4代目社長の櫻本武士さんからサイト制作における「フォト」「動画」「コピーライティング」に最高の素材を使用してほしいとオーダーがありました。そこで、コピーライティングは歌人の伊藤紺さんに、写真・映像制作は写真家の吉田周平さんにご依頼しました。この二人は「SHIGOTABI」のプロジェクトでも一緒に仕事したこともあり、安心して依頼することができました。また今回は新たな取り組みとして、言葉を専門とする伊藤紺さんに全体の企画・コンセプト作りを担ってもらうことに。さらに、そのプロセスには常に吉田さんにも同行してもらい、お店の人やお客様と関わりながら、コンセプトが決まる文脈を深く理解した上で撮影に挑戦してもらいました。▲「桜本商店」の世界観を紡ぐコピー──通常は要件が固まった段階で依頼することが多いコピーライターやフォトグラファーの方に、サイト制作の最上流から積極的に関与してもらったのですね。こうした一風変わったアプローチを採用したのはなぜでしょうか?松永:理由は大きく2つ。1つは「SHIGOTABI」のプロジェクトを経て、Studioを活用すれば、より多くのクリエイターたちにデザインの上流工程から関わってもらえるはずというイメージが湧いていたからです。「SHIGOTABI」の制作では企画担当とデザイン・実装担当の2者間で「企画・コンセプト作り→Webデザイン→実装」というデザイン工程を効率化しました。でもWebサイトはこの2者だけで作っているのではなく、コピーライターやフォトグラファーといったメンバーも横にいて、制作を支えてくれています。「企画・デザイン・実装」をWeb制作の縦軸とすると、桜本商店のプロジェクトでは最初から横軸をしっかり広げてチーム編成をしていました。なので、縦軸だけではなく横軸の人たちにもデザインプロセスにしっかり入ってもらうことで、面白いものが作れると思ったんです。もう一つの理由は、今回のご依頼主である店主の櫻本さんは、すごく真摯で真面目な方だからです。例えば、全国の気に入ったお酒を見つけて、自分の店で取り扱いたいと思ったとき、櫻本さんは直筆の手紙を酒蔵へ送ることがあるそうです。そのお酒の魅力や素晴らしさ、なぜ自分たちが取り扱いたいのか……。そうした思いを丁寧に綴って「直接酒蔵にお伺いしてもいいですか」と連絡する。そうして全国の酒蔵を巡り、その風土と生産者の方の人柄を直接肌で感じながら、お酒を取り扱っていくような人なんです。その話を聞いたとき、僕は「これは自分たちも真摯に向き合っていかなければ」と思うと同時に「いつも通りのプロセスで取り組んでも上手くいかないかもしれない」とも思いました。──「上手くいかないかも」と思った理由はどこにあったのでしょう?松永:櫻本さんがあまりにも「良い人」すぎるからこそ、言葉で語り尽くそうとするとかえって美辞麗句だけ並び、クリエイターに本質が伝わらない気がしてしまったんです。櫻本さんの人柄や信念を信じきれないまま、納得感がない状態でクリエイターが制作を始めると「真摯さや真面目さって、こんな感じの雰囲気だよね」という「らしさ」だけの表面的なクリエイティブに仕上がってしまう危機感がありました。良いプロジェクトにするためには、この「信じる」プロセスをプロジェクトメンバー全員に踏んでもらい、みんなの想いを揃えた上で「自分なら桜本商店をどう解釈するか」を考え、クリエイティブに昇華する。そうした取り組みが必須だと考えました。従来のWebディレクションでは、伝言ゲームを経て作られた各クリエイティブの「ズレ」をチューニングしながら、最大公約数的にWebサイトを作っていくもの。しかし、今回はこの「信じる」プロセスを経た結果、ズレもほとんどなく、クリエイターの120%をサイトに余すところなく反映できた感覚がありました。我ながら「このプロジェクトでは良いプロセスデザインができたな」と自画自賛しています(笑)。▲「桜本商店で出会えるお酒」ページの「お取り扱い銘柄一覧」より。PDFや箇条書きなどで簡素化せず、同店のお酒選びの姿勢同様に一つひとつの商品を魅せるデザインを採用Studioの画面を見て議論することで、メンバー同士の距離が縮まった▲同店の魅力の一つ、スタッフにも焦点をあてる情報設計に──今回のプロジェクトの中で「Studioだからこそ実現できた」ということがあれば教えて下さい。松永:作ってもらったコピーや映像を合わせて作ったデザインの初稿をメンバーに見せたときに、クリエイターがディレクターの指示待ちではなく自ら「もっとこうしたい」と声を上げてくれたのが嬉しかったですね。みんながクリエイティブに対して前のめりに提案してくれたのは、メンバーの熱量の高さゆえでもありますが、Studio上でほぼ本番サイトのプレビューを確認できたことも大きいです。ダミーの画像やテキストではない、リアルなサイト画面を全員で共有できたから、各々がどんな工夫ができるか試行錯誤できました。またそうした共創の中で、メンバー同士の結束感もさらに強まりました。──桜本商店さんでのプロジェクトでは、当初予定になかったコンセプト動画の制作も行うことになったと伺いました。その経緯も教えていただけますか。松永:当初からWebサイトのファーストビューは、お店の雰囲気や店主の人柄が伝わる短い動画を作る予定でした。しかしプロジェクトの後半からチームメンバーのモチベーションがすごく高まって「『いい酒、いい響き。』というコンセプトもできたし、そのコンセプトを体現する長尺の動画を作ろうよ」と盛り上がり、急遽新しい動画を作ることになったんです。Studioを活用した制作の中で、メンバーの距離感が縮まっていたからこそ出てきた提案でした。しかし当然ながら、動画を作るとなると、コストや工数が追加でかかってきます。でも今回はStudioを使っており、通常のWeb制作で必要な実装面での工数はほとんどかからずに済む見積もりができていたので、なんとかプロジェクト期間や予算の範囲内で動画制作ができました。みんなの熱量が高いうちにオリジナル音楽入りの動画を作ることができたのも、Studioを採用していたから。おそらく他のCMSを使っていたら、動画は諦めざるを得なかったと思います。%3Ciframe%20width%3D%221280%22%20height%3D%22720%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fembed%2FLwJ5lk1Ms50%22%20frameborder%3D%220%22%20allow%3D%22accelerometer%3B%20autoplay%3B%20encrypted-media%3B%20gyroscope%3B%20picture-in-picture%22%20allowfullscreen%3E%3C%2Fiframe%3E▲札幌酒屋「桜本商店」PVStudioはクリエイターと共創する上で「背中を預けられるツール」──シニアディレクターを務める松永さんにとって、Studioはどんな存在ですか?松永:Studioは、Webサイトをクリエイターと共創する上で「背中を預けられるツール」だなと思います。僕個人の意見として、Webサイトのクオリティを根本的に支えているのは「テキスト」と「写真」だと実感しています。この二つがしっかりしていないと、どんなにWebデザインに工夫を凝らしてもユーザーの記憶に残らないんです。Studioは実装部分の工数を圧縮してくれるので、根幹の価値の部分に工数を割けますし、今回のプロジェクトのように、コピーライターやフォトグラファーといったクリエイターたちとディレクターとの距離をしっかり縮めながら共創を促してくれます。「Web制作の本質的な部分に目を向けさせてくれる」という点で、Studioはとても頼りになっています。また冒頭でもお話ししたように、ロフトワークが実現したいことのひとつは「クリエティブを流通させる」こと。クリエイター同士やビジネスサイド、ユーザーとの架け橋になってくれるStudioは、まさにクリエイターと「世界」をつなげる光明のようなツールになってくれると思います。※有限会社 丸市 桜本商店 | 創業114年。老舗酒屋が目指した、若年層との新たな接点作り 桜本商店ブランディング支援 | Project | 株式会社ロフトワークまるで映画のワンシーンのような、「桜本商店」サイトのコンセプト動画。洗練された世界観に引き込まれ、ロフトワークがクリエイターとともに作り出す、その共創の力に感銘を受けました。ロフトワークの松永さんがおっしゃっていた「レスポンスの速さがモチベーションに繋がる」という言葉。それは、まさに「鉄は熱いうちに打て」ということわざに通じるものを感じます。それぞれ熱量を保ちながら、クリエイターのアイデアを形にする。その想いこそが、ロフトワークならではの価値共創につながっているのかもしれません。